米非常事態宣言、司法判断される不法移民問題


 米国のトランプ大統領は公約したメキシコ国境での壁建設をめぐり、議会が採決した予算に計上された約13億㌦に加えて、国防総省などの政府予算からも建設費約67億㌦を捻出するため国家非常事態を宣言した。

 大統領権限の乱用として野党民主党が反発し、16の州が差し止めを求めて集団提訴するなど党派対立が懸念される一方、麻薬密輸、犯罪者侵入による殺傷事件が、国家非常事態と言えるか初の司法判断が注目される。

安保上の危機か否か

 トランプ氏は宣言を発した際に、麻薬犯罪者らが侵入するのを阻止し、国境における国家安全保障の危機に立ち向かうと強調する一方で、非常事態を宣言する必要はないが、壁建設のプロセスを加速させたいとも発言した。1976年成立の国家非常事態法を使って、政府省庁に割り当てられた予算を壁の建設費に振り向ける算段だ。

 本来、国家非常事態は突然の巨大災害や有事に対して宣言されるものだ。2001年に起きた9・11同時多発テロに当時のブッシュ大統領は国家非常事態を宣言し、共和・民主の与野党も米世論も支持し、国際社会は理解を示した。

 しかし、今回は壁建設予算をめぐって過去最長の政府閉鎖の事態を招いた共和と民主との厳しい与野党対立の流れの中で起きた。非常事態宣言による壁建設費の上乗せは、粗野な奇策であることは否めない。

 カリフォルニア、コロラド、コネティカット、デラウェア、ハワイ、イリノイ、メーン、メリーランド、ミシガン、ミネソタ、ネバダ、ニュージャージー、ニューメキシコ、ニューヨーク、オレゴン、バージニアの各州は、民主党所属の司法長官がいるカリフォルニア州の連邦地裁にトランプ氏を提訴した。政治対立と社会的分裂の深まりが懸念される。

 が、トランプ氏は、あらかじめ民主党側から提訴されることを見込んでおり、保守派判事が多数になった最高裁での判決に期待をつないでいる。裁判では、連邦議会だけが行い得る予算編成によって割り当てられた各省予算を、別の支出目的に振り向ける大統領権限の法的正当性などが争われる。

 その際に、南部国境からの麻薬密売や麻薬中毒、殺傷事件の増加、および不法移民の流入に対し、米国の安全保障上の危機として国家非常事態を宣言すべきか否かも焦点になるだろう。

 同時テロでは一瞬にして約3000人の犠牲者が出た。しかし、漸進的な不法移民の流入や秘密裏に行われている麻薬の持ち込みは目立たず、発生する犯罪も一度に起きない。しかし、米国土安全保障省は、一昨年の調査による推定で米国内に不法入国した人口を1100万人と公表しており、深刻である。

等閑視できない国境管理

 「非常事態ではない」と主張する民主党に米世論は同調する傾向が強い。が、手法の是非は別として、壁建設を公約したトランプ氏が当選し、大統領となって非常事態まで宣言した現実は重い。治安維持に危機感を持つ米南部の有権者の存在とともに、国境管理は主権問題として等閑視できないはずである。