イカが獲れない


韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 『古い約束は自然にイカの墨になるので/心は誰もが(故郷で食べた)ヤマノカミとジュンサイ(が恋しくて官職を捨て帰郷した晋の官吏、張翰の清貧さ)を考えないだろうか』。朝鮮後期の実学者、茶山・丁若鏞(チョンヤギョン)がトゥムッケの流霞亭に上って詠った詩句だ。トゥムッケは現在のソウル玉水洞の旧名だ。「イカの墨になる」とはどんな意味なのか。貪官汚吏は帳簿を捏造(ねつぞう)する際にイカの墨を使った。時間がたてば色が抜けて帳簿に書いた文字は消え失せるという。それで生まれた言葉が「烏賊魚墨契」で、信じがたく守れない約束のことだ。烏賊魚(オジョゴ)はイカ(オジンゴ)を表す漢字語。吏読(新羅時代の漢字を使った韓国語の表記方法)の遺産か、中国式の漢字語かは分からないが。

 イカの墨をそのように使うので、イカには罪がないのにあまりよく見られない。憎まれ口をきく時の言い方、「少し墨汁を飲んじゃった」に出てくる墨汁もイカの墨のことだろうか。

 イカは貴重に扱われてこなかった。1808年に作られた『萬機要覧』には「児雉20羽の一羽の値段は2両、生イカ15匹の一匹の値段は6銭」(朝鮮時代、1両は10銭)と書かれている。児雉は雉の雛(ひな)のことで当時は珍しくなかったが、イカ3匹でも雛雉1羽と交換できないようだ。なぜ冷遇されたのか。イカの寿命は1年で、海産物のうち寿命が短い方に属する。フナ30年、タラ15年、ウナギ12年、メイタガレイ10年、ガンギエイ6年…。ウナギは60年まで生きるともいわれる。クジラの寿命は普通の種類は60~70年に達する。逆に考えると、イカの成長速度は驚くべきだが、ありふれて値段が安く、冷遇されたのではないか。

 貧しかった1970年代。時々、イカを食べたが、酢醤油につけて食べるゆでイカの味は格別だった。父の食膳にあるゆでイカを見ながら唾を飲み込んだことを今もはっきりと覚えている。

 そんなイカが絶滅に向かっているようだ。先月、鬱陵島の水産業協同組合で委託販売したイカは昨年比で62%減少したという。獲れないためだ。なぜ減少したのか。北朝鮮から操業権を買った中国漁船が、海が真っ黒になるくらい押し寄せてきて北部東海(日本海のこと)の海産物を獲りつくすので、南の漁場まで荒廃化したようだ。イカが貴重な扱いを受ける日ももう遠くないのだろうか。もしかしたら、ゆでイカを酢醤油につけながら思い出を辿ることも難しくなるのではないか。心配だ。

 (11月2日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。