iPS論文不正、期待を踏みにじる行為だ


 京都大iPS細胞研究所の助教らが執筆した人工多能性幹細胞(iPS細胞)に関する論文で不正が見つかった。

 助教がデータを捏造

 不正があったのは、人のiPS細胞から脳の血管の細胞を作製したとする論文。根幹をなすデータについて、主要な図6枚すべてと補足図6枚中5枚に捏造(ねつぞう)と改竄(かいざん)が確認された。昨年9月設置の調査委員会は「重要なポイントで有利な方向に操作されており、結論に大きな影響を与えている」と認定した。

 iPS細胞は、神経や筋肉、臓器など体のさまざまな組織になる能力を持つ細胞。けがや病気で失われた体の機能を回復させる再生医療のほか、患者の細胞再現による新薬開発に向け、研究が進んでいる。

 同研究所は、iPS細胞の開発者でノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥教授が所長を務める国内有数の研究拠点だ。論文に不正が見つかったのは初めてで、助教は「論文の見栄えを良くしたかった」と話したという。iPS細胞への期待と信頼を踏みにじる行為だと言わざるを得ない。

 山中所長は当面の間、自身の給与全額を研究所の基金に寄付する意向を示しているという。所長として事態を重く受け止め、何らかの形で責任を取ることは重要だが、それ以上に求められるのは再発防止の徹底だ。

 今回の不正を受け、研究所では研究者が論文を発表する際、グラフなどの基になるデータを職員がチェックする対策を導入する。研究者に3カ月ごとに提出するよう求めていた実験ノートは、提出率が70%程度にとどまっていたため、今後は100%を目指すなど内容のチェックを徹底する。

 研究論文をめぐる不正では14年、理化学研究所の研究員らが発表したSTAP細胞に関する論文でデータの捏造や改竄が発覚。昨年には東京大分子細胞生物学研究所の教授の論文に捏造や改竄があったことが明らかになるなど後を絶たない。

 京都大iPS細胞研究所には約400人が所属しているが、9割以上は5年間までの任期付きである。不正に手を染めた助教も3月末に任期切れを控えていた。だが期限を区切れば焦りが生まれ、不正の温床にもなりかねない。

 多くの研究者は国からの予算に頼っている。京都大iPS細胞研究所でも16年度の予算約80億円のうち、約84%は国などからの「産学連携等研究費」が占めた。ただ、この研究費は期限内に使わなければならず、使途も決まっている。短期間で成果を出すことが求められる構造となっているのだ。

 これを改め、研究者が腰を据えて研究できるようにすることは、不正防止だけでなく、論文数などで存在感を低下させている日本の科学研究の力を伸ばすことにもつながろう。

 着実な研究の進展を

 iPS細胞に関しては昨年、他人のiPS細胞から網膜細胞を作り、目の難病患者に移植する世界初の手術が行われた。iPS細胞を活用して発見された薬の治験も始まっている。実用化に向け、着実な研究の進展を期待したい。