非配偶者間人工授精、子供の幸福忘れてないか


 急速に進歩する医療技術が法律の想定外の事態を引き起こしている。第三者の精子を使って妻が人工授精し出産した子供について、性同一性障害のため女性から性別変更した夫が自分の子供と認めるよう求めた裁判は、その典型であろう。

 家族関係の複雑化を懸念

 最高裁はこの夫を実父とすることを初めて認めた。しかし、血縁関係がないことが明らかであるにもかかわらず、戸籍上父子とするのは不自然だ。

 また、この判断によって、第三者が介在する生殖医療がさらに広がれば、社会の基盤となる家族関係が複雑化する懸念もある。将来、実父が分からずに苦悩するであろう子供たちのことを考えると、生殖医療の進歩を喜んでばかりはいられない。

 最高裁の判断は、非配偶者間の人工授精の是非をはじめ、生殖医療の「負」の面についての課題を浮き彫りにしている。医学や法律の専門家だけでなく、さまざまな分野の識者が議論を深めながら、生殖医療に関わる法的整備を急ぐべきだろう。

「妻が婚姻中に妊娠した子は夫の子と推定する」とした民法の嫡出推定規定が最高裁の判断の根拠だ。法的に認められた夫婦である以上、生殖能力のない、性別変更した男性にも適用を認めるべきだというのである。

 心と体の性別が一致しない性同一性障害者は、平成16年の特例法施行で、性別適合手術を受けるなど一定の条件を満たせば、戸籍上の性別を変えることができ、結婚も可能になった。昨年末までに、3600人近くが性別変更を認められている。

 一方、非配偶者間人工授精ですでに1万5000人が誕生している。普通の夫婦がこの人工授精で子供をもうけた場合、役所ではその事実が分からないため、戸籍では「嫡出子」とされる。だが、性同一性障害者は性別を変えたことが戸籍に残るので、生殖能力がないことも分かる。このため、一、二審では嫡出推定の前提を欠いているとして、申し立ては却下された。

 今回の最高裁の判断も意見が分かれ、3対2の僅差だった。1人の裁判官は「特例法では性別変更者が遺伝的な子をもうけることは想定されておらず、嫡出推定されない」とした。もう1人も、妻が夫によって妊娠する機会がないため、嫡出推定の根拠は存在しないとの見方を示した。こちらの少数意見の方が妥当で、多数意見は原則論に偏り過ぎている感が否めない。

 いずれにしても、非配偶者間人工授精の是非が論じられず、法的整備がなされていないことが問題の根にあり、この状況を早く改善する必要がある。また、子供を持ちたいと願う夫婦の気持ちは理解できるが、生まれてくる子供への配慮に欠けていることは問題だ。本来、最優先されるべきは子供の幸福だろう。

 夫婦は賢明な選択を

非配偶者間人工授精では精子提供者の身元は明かされない。このため、子供が成長して自分の誕生の経緯を知った時、本当の父親が分からずに自己のアイデンティティー確立に苦悩するケースが多いとの報告がある。それを考えると、養子縁組も選択肢の一つだろう。夫婦が賢明な選択をすることを望みたい。

(12月16日付社説)