イシグロ氏文学賞、世界が認めた日本的感性


 今年のノーベル文学賞に、日本生まれの英国人作家カズオ・イシグロ氏が決まった。両親が日本人で、日本にルーツを持つイシグロ氏の受賞は、日本文化や日本的感性の普遍性、世界性を見つめ直す機会となろう

 英国的テーマで成功

 イシグロ氏は1954年長崎生まれ。5歳で海洋学者の父らと英国に移住し、後に英国籍を取得した。作品は英語で執筆し、幼時の日本の記憶を基に描いた「遠い山なみの光」(82年)で王立文学協会賞、「浮世の画家」(86年)でウィットブレッド賞を受賞。英語圏以外のルーツを持ちながら、英語で創作する作家として注目された。

 89年発表の「日の名残り」で英国で最も権威あるブッカー賞を受賞。世界的な作家としての評価を決定付けた。同作は貴族に仕える老執事の物語で、第1次大戦後の戦後処理問題を絡ませながら、英国の栄光と没落という時代を背景に描いている。日本生まれにもかかわらず、極めて英国的なテーマで成功を収めたのである。

 2005年発表の「わたしを離さないで」は臓器提供のために生まれてきたクローンの若者たちの悲哀を描いた作品で、日本でも舞台化、テレビドラマ化された。10年ぶりの長編「忘れられた巨人」(15年)は、古いイングランドが舞台で、ファンタジーの要素も盛り込んでいる。

 イシグロ氏の作品は、抑制され、整った文体をベースとしながらも、取り扱う世界は実に多様だ。それは、常に世界で起きている事象への強い関心と、それと能動的に関わっていこうという姿勢の表れである。

 「価値観や指導者をめぐり、われわれは極めて不確実な時代を経験していると思う。ノーベル賞のようなものが、世界における前向きなこと、良識ある価値観に何らかの形で寄与することを願っている」という受賞決定を受けての発言に、作家としての志の高さがうかがえる。

 スウェーデン・アカデミーは授賞理由を「感情に強く訴える作品で、世界と結び付いているという幻想的な感覚の下の深淵を明るみにした」としている。豊かな物語性など英文学の伝統を継承し、愛好するドストエフスキーやカフカの影響なども受けて、イシグロ氏は世界文学としての普遍的な魅力を築いた。

 一方で「日本人の両親に育てられ、家では日本語を話していたので、ものの見方や世界観、芸術的な感性の大部分は日本人だと思う」と述べている。「日の名残り」における主人公の感情の微妙な移ろいの表現は日本文学の伝統に通じるものだ。

 「わたしたちが孤児だったころ」では、行き別れとなった母と子の再会を描き、日本的な感性を強く感じさせた。イシグロ氏の受賞は、人の心に寄り添い、繊細なまなざしを向けていくことが、今日の世界において強く求められていることを示したと言えるだろう。

 普遍性と世界性を獲得

 「日本人と英国人の背景を持つ」イシグロ氏は、双方の文化の良き伝統を自分のものとし、さらに普遍性と世界性を獲得した。グローバル時代を代表する文学者として今後の創作や発言に注目したい。