生殖補助医療、「自然の摂理」の補助に止めよ


 急速に進歩する生殖技術が「乱用」されるケースが増えてきた。日本人男性が代理出産を通じて何人もの赤ちゃんを生ませたタイでの事例。国内では、長野の産婦人科医院が夫の父親の精子を使った体外受精で100人以上の赤ちゃんを出産させていたことが明らかになった。

夫の父親が精子提供

 前者のケースは言語道断で議論の余地はないが、これから増加が懸念されるのは近親者の精子による体外受精。しかし、このケースは親子関係が複雑になるなどの混乱が避けられない。

 こうした問題が生じているのは、生殖補助医療が夫婦間の妊娠の補助を超えて「自然の摂理」の逸脱に手を貸す形になっているからだ。生殖技術の利用がどこまで許されるのか。子供の幸せを最優先に考えながら、社会的な共通認識の構築を急ぎ、歯止めを欠けるべきである。

 前述した事例のほかにも、娘夫婦のために娘の母親が代理母となって“孫”を出産する例がある。海外では代理出産で誕生した子供に障害があって、依頼した夫婦が引き取りを拒否するなどのトラブルも生じている。

 そもそもの問題は、非配偶者の精子提供による生殖補助医療が公然と行われていることで、ここから見直す必要がある。わが国では、匿名の第三者の精子を使って人工授精する「非配偶者間人工授精(AID)」が60年以上も前から行われ、すでに1万人以上が生まれている。

 だが、その中には“出生の秘密”を知って、アイデンティティーの喪失という深刻な苦悩を背負う子供が少なくない。このため、出自を知る権利に注目が集まるとともに、AIDに頼る夫婦の願望や、医師の使命感にエゴがあるのではないか、と疑問の声も出ている。

 こうした状況の中、長野県の「諏訪マタニティークリニック」の根津八紘院長は夫の父親から精子提供を受けた体外受精で過去17年間に118人誕生させたことを明らかにした。AIDが行われているのに、近親者の精子を使った体外授精を禁じるのは難しいだろう。むしろ今後増える可能性もある。

 自分の父親を知る権利に関心が高まることで、精子ドナーがトラブルを嫌って減る傾向にあるとされるからだ。血のつながりも考え、ドナーは夫の父親の方が安心と考える夫婦も増えているようだ。しかし、生まれる子供にとっては、祖父が父親で父は兄なのか、という混乱が生じ、アイデンティティーが破壊されてしまうことは容易に想像できる。

 AIDでも言えることだが、子供に精子提供による出産であることを秘匿すれば、家庭内に重大な秘密を抱え込むことになり、親子・親族の間に葛藤(かっとう)が生まれて良好な関係の構築が難しくなる。その中で育つ子供は不幸である。

養子縁組などの選択を

 子供を生み育てたいというのは、自然な願望だ。しかし、手段を選ばずに実現させることは過度の欲望だと言わざるを得ない。どうしても子供の欲しい夫婦には、精子提供や代理母などに頼るのではなく、特別養子縁組や里親制度という選択肢に目を向けてもらいたい。

(8月24日付社説)