世界日報 Web版

昭和の日、五輪を再び飛躍につなげたい


 きょうは「昭和の日」。昭和天皇の誕生日である。その遺徳を偲びつつ、激動の日々を経て復興を遂げた昭和の時代を改めて顧み、この国の未来に思いを致したい。

 経済大国への歩みに弾み

 昭和が終わってから既に四半世紀が経過し、日々遠くなっていく。「記憶」から「歴史」になりつつあると言えるが、偏りのない昭和史が語り継がれていくことの重要性を痛感する。

 一方、2020年に東京でオリンピックとパラリンピックが開かれることが昨年決まり、1964(昭和39)年の東京五輪の頃が脳裏に蘇った人々も多いに違いない。

 高度成長のまっただ中に開かれた東京五輪は、その後の経済大国への歩みに弾みを付けた。同じ年に東海道新幹線が開業し、立体交差の首都高速道路の整備も進んだ。

 実際60代以上の日本人であれば、東京五輪を機に日本が大きく変わったという実感を持っていよう。

 当時は欧米先進国に追い付き追い越せという目標があった。日本人は未来への希望を持って働き、一丸となって国づくりに励んできた。あの時の社会のムードには、確かに特別なものがあった。

 そして今度は、20年の五輪に向けて、高度成長時代とはまた別の、次元を高めた日本へと飛躍する時である。

 かつての日本は五輪をきっかけに先進国の仲間入りを果たして欧米に追い付いた。だが、今度は世界をリードするものでなければならない。欧米的価値観をベースとした高度成長に代わって、日本独特の哲学と価値観によるイノベーションを成し遂げるチャンスである。

 そういう観点から、20年に向けて、東北の復興とも結び付けながら、将来の日本社会についてもっと論議を重ねて具体的な青写真を示す必要がある。

 昭和から平成へと変わった当時は、ちょうど冷戦終結の時期と重なる。冷戦の枠組みの中で、日本は経済大国への道を歩むことに専念できた。

 しかし、その後は世界の秩序が大きく揺さぶられている。わが国も独立と安全を守っていくために、これまで以上の注意深さと努力が求められる時代となった。

 国内外の状況はかつてないほど複雑な様相を呈している。環太平洋連携協定(TPP)交渉にしても、純粋な経済・貿易問題でなく安全保障問題にもリンクしている。国の舵取りを担う指導者には大局的かつ細心の判断が必要だ。

 しかし、戦後復興と東京五輪が契機となった高度成長を成し遂げたその記憶と歴史は、20年の五輪を成功させ、日本が新たな次元の国をつくり上げうることを物語っている。

 20年に向け国づくりを

 いかに状況が複雑であろうと、日本人が日本人であり、皇室を中心とした国のかたちと皇室の安寧が保たれる限り、20年に向けた新たな国づくりは可能である。

 この国と世界の未来を信じ、明るい希望を持って働き学び、暮らしてきた五輪当時の昭和の経験が生きるに違いない。

(4月29日付社説)