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73回目の終戦の日を迎えた。戦争は始めるより…


 73回目の終戦の日を迎えた。戦争は始めるより終わらせる方が難しいという。陸軍などがなお本土決戦を唱える中、昭和天皇の御聖断によってポツダム宣言受諾が決せられ、日本は破滅から逃れることができた。

 1945年8月10日午前零時ごろから御前会議が開かれたが、降伏条件についてなお閣内の意見が割れた。そこで鈴木貫太郎首相は「まことに異例で畏れ多いことでございまするが」と御聖断を仰いだ。

 御聖断について昭和天皇は後年、藤田尚徳侍従長に「私と肝胆相照した鈴木であったからこそ、この事ができた」と語られている。鈴木はかつて侍従長を務めている。

 同席していた迫水久常内閣書記官長によると、昭和天皇は「自分のことはどうなっても構わない。堪え難きこと忍び難きことだが、この戦争をやめる決心をした次第である」と言葉を結ばれた。戦後の日本の出発点が、ここにあった。

 この御前会議が開かれた皇居内の防空壕(ごう)「御文庫付属室」が荒れ果てたままの状態になっていることが、2015年に現況を示す写真と共に公表された。壁の木材などが朽ちて散乱し、タヌキなど動物のすみかにもなっているという。

 宮内庁は、保存する必要はないという昭和天皇の御意向に沿ったものというが、この時に御厨貴東大名誉教授は「日本の命運が決まった場所であり、宮内庁は復元や保存を真剣に検討すべきだ」と読売新聞にコメントを寄せた。まったく同感である。