「蝶の空七堂伽藍さかしまに」(川端茅舎)…


 「蝶の空七堂伽藍さかしまに」(川端茅舎)。チョウが飛んでいる姿を見かけた。春によく見るモンシロチョウやモンキチョウではない。クロアゲハで、ふわふわと力ない飛び方で舞っていた。

 チョウは春の季語である。稲畑汀子編『ホトトギス新歳時記』には「蝶は四季を通じて見かけるが、単に蝶といえば春である。種類も多く紋白蝶(もんしろてふ)、紋黄蝶(もんきてふ)は小形で優しい。菜の花を初め色とりどりの春の花に蝶の舞うさまは風情がある」とある。

 故郷では、菜の花畑や野の花に多数のチョウが舞っていたことを思い出す。かつて、チョウはシジミチョウからアゲハ類まで、どこでも見ないことはなかった。

 しかし、東京ではあまり見かけなくなった。今咲き誇っているツツジの花壇にも、チョウの姿はめったに見られない。鮮やかな色彩のツツジは美しいけれど、どこか寂しく感じるのも虫たちの姿がないからだろう。

 虫がいない花は、どこか人工的な印象を受ける。朝鮮半島の古代新羅の善徳女王には、花と虫にまつわるエピソードがある。唐の天子からボタンの絵と種が贈られてきた時に「この花には香りがないでしょう」と述べた。

 育ててもいないうちだったので、不思議に思った家臣が尋ねると「絵にチョウや虫が描かれていないから」と話したという。実際、種を植えて花になっても香りがなかった。自然は生き物たちが共生することで成り立っている。都会の自然を大切にしたいと改めて思う。