山本周五郎と言えば、没後半世紀近くたつ今も…


 山本周五郎と言えば、没後半世紀近くたつ今も人気の衰えない作家だ。昭和63年には、山本周五郎賞(新潮文芸振興会主催)が創設された。この賞は直木賞と同格とされる。

 人気の理由の一つは「反権威」の姿勢と言われる。その象徴とも言うべきものが、第17回直木賞受賞拒否事件だ。川口則弘著『直木賞物語』(バジリコ刊)によれば、山本の日記(昭和18年8月3日)に「××『直木賞』のことで来訪、断る」とある。受賞拒否の理由についてはその後も、読者の評価が第一だから賞なぞ不要、などと述べていた。

 が、こうした反権威の姿勢も、実際のところは複雑で、吉川英治やその他の直木賞選考委員がおれに賞を与えるなぞ失敬千万、というのが本音だったようだ。

 当時の選考委員は吉川の他、井伏鱒二、獅子文六、大仏次郎らだったが、こんな連中から自分がありがたく賞なぞ貰ういわれはない、というのが山本の言い分だ。

 反権威と言えば聞こえはいいが、実際は「選考委員よりは自分の方が格上」ということのようで、反権威どころか、こうした姿勢自体が屈折した権威主義を物語っているとも言えよう。

 山本はその後も「賞を拒否する作家」であり続けた。その点で一貫しているのは見事だが、自身が遥か昔に拒否した直木賞に対抗する賞が、死の約20年後に自身の名前を冠して発足したことにはさぞかしびっくりしたことだろう。