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有銭有学、無銭無学


韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 「あの時代がよかった。全斗煥大統領があれだけは本当によくやった」。高校の同窓会に出ると友人からよく聞く話だ。中年になった友人は、子供の 教育費の話になるとため息から先に出る。そして、必ず出るのが全元大統領の「課外」(塾・家庭教師などの私教育)禁止措置だ。

 国家保衛非常対策常任委員会議長だった全元大統領は1980年、「7・30教育改革措置」の一環として「課外」禁止を電撃的に発表した。79年 の10・26事件(側近による暗殺事件)で朴正煕大統領が逝去した後、12・12クーデターで実権を掌握し鼻息の荒かった軍部のリーダーなので、 こんな大胆な政策が実行できた。高校1年だった筆者は英語塾に通い始めて10日もしないうちに授業料を返してもらった記憶がある。

 「課外」禁止に庶民と中産層は喜んだ。その費用負担の束縛から抜け出せたのだから当然だ。公教育もよみがえった。名門大学には貧しい家庭の有能な子供たちが大勢入学した。教育を通した社会階層の移動が活発な良き時代だった。「『課外』禁止がなかったら、こんな大学には入れなかった。今 だったら考えられないことだよ」。地方高校の出身でより大きな恩恵を受けた同窓生の「課外」禁止礼賛に力が入るのは当たり前だ。

 逆説的なことは、「課外」禁止の恩恵を相対的に多く受けた低所得層出身の学生たちが大学で、より熱心に軍部独裁打倒デモに参加したことだ。低所得層出身の元学生活動家が私教育市場を牛耳っている現実も皮肉だ。

 昨年、高所得層と低所得層の子女教育費が7倍近い差になったという。所得上位20%の世帯が支出した教育費は月平均50万4300ウォンで、下位20%の世帯(同7万6600ウォン)の6・58倍に達した。こんな環境で公正な競争を期待するのは無理だ。問題は、教育費の格差がだんだん広がっている点にある。“有銭有学、無銭無学”が固定化すれば、社会階層の移動の懸け橋がなくなってしまう。

 2000年4月、憲法裁判所が「課外」禁止の違憲決定を下した時、少数意見を出した李永模(イヨンモ)裁判官は、「課外」が社会・経済的な不平等を固定化、世襲化させる手段となるとして違憲決定に反対した。李裁判官の憂慮は、私教育費が年間19兆ウォンにもなり、父母の身分が子女へ引き継がれることによって現実化している。違憲意見を出した裁判官たちは、「課外」が低所得層の父兄と子供たちをどれだけ泣かせることになるか、少 しでも悩んだのだろうか。

(2月24日付)