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中央アジアから見る アフガン情勢 田中哲二


中央アジアから見る アフガン情勢(上)

「友好橋」通し貿易活発化 国境の町・テルメズ

 アフガニスタンでイスラム主義組織タリバンが政権を掌握して3カ月になる。今後アフガンはどこへ向かうのか。このほど、中央アジアのウズベキスタンを訪ねた田中哲二・中央アジア・コーカサス研究所所長と藤橋進・特別編集委員がリポートする。

タリバン係官 ウズベク側と和やかに会話

テルメズ

 去る10月24日に投票が行われたウズベキスタン大統領選挙の国際監視員を務め、翌日アフガニスタンとの国境の町テルメズ市(スルハンダリア州の州都)を訪問した。市・州政府の特別の計らいで初めて国境のアムダリア川に架かるカイラトン橋上に立ち、ウズベク側・アフガン側双方を遠望することができた。

 テルメズ市長とスルハンダリア州副知事の同行もあって警備軍の兵装・装備を除いては写真を撮ることの承諾も得て、橋中央の国境付近までを徒歩で往復した。アフガン側の橋畔にはタリバン兵の姿も見えたが、われわれの姿を認めても特に緊張感を示すことはなかった。橋の周辺は予想以上に静穏で、ウズベク側の税関に派遣されてきているタリバン政府の係官もウズベク側の担当官と和やかに話をしていた。

 アフガン側に向かって橋の左側には近代的設備の石油精製所の稼働が認められ、トルクメニスタン産の原油を貨車(鉄橋上は単線)で輸入して処理しているということであった。右側にはウズベク・アフガン合弁の中小企業の工場が多数稼働しているとのことであった。

 ソ連時代に建設された全長約900㍍のカイラトン橋は、アフガン戦争(1979~89)中は「(ソ連・アフガン)友好橋」と呼ばれた。当時、中央アジアとアフガニスタンを結ぶ唯一の鉄橋であったため、ソ連軍の軍隊・装備はすべてここを経てアフガニスタン側に送られた。89年2月のアフガン戦争終結直後に短期間のうちに3000両の戦車がこの橋を渡り、接続する現国道39号を北上し引き揚げていった様子は今でも語り草になっている。ちなみに、今回の米軍引き揚げに際してはこの橋はほとんど使われることはなかった。

 1991年のウズベキスタンのソ連邦からの独立後は、初代のカリモフ大統領がアフガン側から過激派のウズベク・イスラム運動に狙われ続けたことから、アフガンとの唯一の連絡路であるカイラトン橋は事実上閉鎖され、国境に他の架橋がなされることもなかった。代わりに隣国タジキスタン国境で、2001年の米軍等によるタリバン政権崩壊後のアフガンに向けて、パンジポヨン橋をはじめ計7本の鉄橋が米国やイスラムの系基金の支援で架けられた。

ウズベキスタンとアフガニスタンの国境に架かる「カイラトン橋」の国境線に立つ筆者(中央)。左側対岸にアフガニスタンの石油精製所が見える

 これらの橋は、アフガン向けの国際的な人道支援物資やキルギスのマナス米軍基地に空輸されて来た物資のアフガン向け輸送等に使用されてきた。

 しかし、ウズベキスタンでは2016年、カリモフ大統領の死去を受け就任した第2代ミルジヨエフ大統領の近隣国との友好外交が進められる中、2017年ごろから米軍撤退を前提としたアフガンのタリバン勢力との政治経済面での接触が始まった。以来、人的交流や物流も漸増しており、カイラトン橋も内容の異なった「(ウズベク・アフガン)友好の橋」としての名称が復活しつつある。

 アフガンとの貿易の拡大を見込み、今春テルメズで活動を開始した「テルメズ物流センター」の所長は次のように述べている。

 ①ウズベク統計委員会によれば、2021年1~9月のウズベク・アフガン貿易全体は4・9億㌦で前年比マイナス10・2%である②しかし、橋を経由する国境貿易は徐々に増加に転じており、直近ではウズベクからは小麦、小麦粉、その他食糧が輸出され、アフガン側からはパキスタン産のジャガイモや11月中旬からは柑橘(かんきつ)類も供給される③9月7日のアフガン暫定政権成立後にアフガン側の貿易管理担当者が交代したが国境貿易に何ら混乱は起こっていない④暫定政権成立前後に100人単位の越境者が生じたが、タリバン軍のウズベク側への機銃発射は一発もなかった⑤10月16日にアフガン暫定政権の副首相級を団長とする貿易投資実務代表団がテルメズを訪れてウズベク側地方政府との間で具体的な貿易と投資について前向きな合意が成立した。

 最後のコメントの内容とも関連するが、テルメズとスルハンダリア州では中央政府の対アフガン交流の拡大方針の具体化に予想外のスピードで独自に取り組んでいる。

 3年前にはアフガン籍の若者のためのウズベク・アフガン友好大学や技能習得学校を開校しており、前者ではすでに400人もの学生が学んでいる。経済的には相互投資で立ち上げた中小企業が300社に達しており、近々カイラトン橋のウズベク側橋畔に自由貿易地区を設定する計画が動きだしている。

 たなか・てつじ 1942年埼玉県生まれ。67年東京外国語大学卒・日銀入行。93年日銀参事からIMF・日銀派遣でキルギス中央銀行最高顧問に就任、後にキルギス大統領顧問を務める。現在、中国研究所会長、タシケント国立経済大学名誉教授。著書に『キルギス大統領顧問日記』など。


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