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公文書で確認された動乱当時の韓国人の日本避難


韓国紙セゲイルボ

 米極東軍司令部が1950年11月28日に作成した公文書には日本へ入国しようとしていた韓国人避難民881人の処遇問題が出てくる。

 公文書によれば長崎県の針尾収容所(現大村入国管理センター)に韓国人避難民881人が韓国送還手続きを待って抑留状態にあった。日本政府は彼らを不法入国者と見なして、韓国政府に送還手続きをとると通知したが、戦乱の真っ只中にあった李承晩(イスンマン)政府には心の余裕がなかった。

 日本当局が通知した内容を受け付けた極東軍司令部は李承晩政権に避難民送還を伝えた。だが韓国政府には送還に必要な能力もないため、手続きは全面的に米軍に依存しなければならなかった。

 公文書には極東軍司令部が避難民を同年12月11日までに釜山に連れてくるという内容が含まれていた。韓国人の日本避難がどんな経路で行われたのかは確認されていない。彼らが釜山港へ安全に到着したのかも記録に残されていない。ただ米軍側で詳細な送還計画を立て、韓国政府がこれに同意して行われており、送還は正常になされたと推定される。

 韓国動乱当時、一部の韓国人の日本避難がこの文書によって確認された。公文書作成時点が11月28日であることから、彼らが日本へ向かったのは中国人民解放軍が大挙参戦する以前だった可能性が大きい。

(朴ビョンジン軍事専門記者、10月23日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。