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対照的な中朝両岸に変化も


韓国紙セゲイルボ

丹東で経済文化協力が加速

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薬品工場を視察する北朝鮮の金正恩第1書記=撮影日、場所不明朝鮮中央通信が2日配信(AFP=時事)

 北朝鮮と中国の辺境都市を見守って20年、1990年代初期には両方の姿に大きな差はなかった。ところが中国の経済発展は北朝鮮との両岸の姿に大きな差を生んだ。
 中朝交流中心地である遼寧省丹東市。ここで鴨緑川の対岸に見える威化島と新義州の姿は丹東市と対照的だ。鴨緑江を遡上(そじょう)しながら見られる北朝鮮の村と水豊発電所で見られる北朝鮮住民の姿は観察者に多くの残像を残す。

 改革・開放で高層ビルが並んでいる中国側に比べて、北朝鮮の藁葺(わらぶき)の家と古ぼけた瓦の家、そして貧弱な水田と畑に、痩せた農作業用牡牛、みすぼらしく乾いた北住民の姿は経済発展の重要性を知らせる傷痕だ。

 豆満江と鴨緑江で区切られる北朝鮮と中国は片方は改革・開放と発展、片方は閉鎖・落伍という対照的姿で存在する。中国メディアは中国と北朝鮮の経済発展の差を30年ほどと見ているが、社会構造もやはり北朝鮮は30年遅れているという。この30年は中国が改革・開放の下、政治・経済革新を成し遂げた期間だ。

 北朝鮮と中国の境界は中国吉林省と遼寧省が北朝鮮咸鏡北道、両江道、慈江道、平安北道と相対している。咸鏡北道、豆満江河口はロシアのハサン村と中国の琿春と防川に連結し、防川は北朝鮮とロシアを連結する鉄道が通過する。

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。