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金正恩氏健在、北の老獪戦術に惑わされるな


 動静が途絶えていた北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が20日ぶりに公開の場に姿を現した。報道やSNSなどを通じ重体説や死亡説が世界中を駆け巡ったが、結果的に誤った情報に振り回された形だ。その間、北朝鮮はしたたかにも国際社会の反応や情報収集力などを見ていた可能性がある。老獪(ろうかい)な戦術に惑わされてはならない。

健康状態の把握は困難

 朝鮮中央通信は、正恩氏が前日に平壌近郊にある肥料工場の完工式に出席したと報じ、その写真を公開した。朝鮮中央テレビも、その様子を捉えた映像を流した。そこには正恩氏が祝いのテープカットをしたり、満面の笑みをたたえたりする姿が映し出されていた。

 正恩氏は先月11日の党政治局会議に出席したのを最後に、最高人民会議(国会に相当)や祖父、故金日成主席の誕生日に合わせた、遺体が安置されている錦繍山太陽宮殿への参拝などに姿を見せず、臆測を呼んだ。

 そうした中、韓国の脱北者団体が発行するインターネット新聞が正恩氏は手術を受け治療中だと報じたのに続き、米CNNが正恩氏は手術後、重篤だとする情報があると報じたことで、重体説が一挙に広まった。

 韓国政府や米国政府は重体説を一貫して否定したが、その後も正恩氏の身に何らかの異変があったとする情報が独り歩きし、韓国では先月の総選挙で当選した脱北者出身の野党議員たちまで正恩氏の重体や死亡を公然と主張し始めた。

 だが、北朝鮮トップの健康状態、特に動静が途絶えた際の真相に迫ることは極めて困難だ。それは9年前、金正日総書記が死去した時、2日後に北朝鮮国営メディアが発表するまでその事実を把握していた国がなかったことからも分かる。

 今回の騒動で北朝鮮はトランプ米大統領の関心を引くことに成功したとの見方が出ている。非核化交渉の行き詰まりや米大統領選に向けた国内重視、新型コロナウイルスの感染拡大への対応などで、トランプ氏の関心は北朝鮮から遠ざかっていた。経済制裁の解除を取り付けたい北朝鮮としては米国との交渉再開にメドを付けたいはずだ。

 また、重体・死亡説で浮き足立つ周辺国の様子を観察していた可能性もある。北朝鮮にとって各国政府がどこまで正確に正恩氏の動静を掴(つか)んでいるかを探る絶好の機会となっただろう。

 その意味で、韓国の青瓦台(大統領府)が重体説を強く否定し、正恩氏が地方に滞在していることまで明らかにしたのは賢明とは言えない。情報収集力をめぐる手の内を北朝鮮に教えているのも同然だからだ。

 これまで北朝鮮は核・ミサイル開発でも技術水準を誇張して周辺国を攪乱(かくらん)させる欺瞞(ぎまん)戦術を取った経緯がある。真相は何か常に把握しようとする姿勢が欠かせない。

万が一の事態に備えよ

 重体・死亡説の誤りが判明した一方、正恩氏の健康不安が解消されたとは断言できない。正恩氏の身に異変が生じて権力掌握が困難になった場合、後継者は誰になり、日本は北朝鮮にどう向き合うべきかなど、万が一の事態に備える必要がある。