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龍山米軍基地は都市公園に活用を


韓国紙セゲイルボ

“市民の生命の森”造成望む

 ソウルは人口1000万人が密集して暮らす巨大都市。人口密度はニューヨークの8倍、東京の3倍にもなる。その世界10位圏の経済規模の中心地ソウルに、それにふさわしい公園が一つもないのは、あるいは不幸なのかもしれない。

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 ソウルにも米ニューヨークのセントラルパークに次ぐ公園を造る絶好の機会ができた。龍山(ヨンサン)米軍基地だ。1坪の土地が尊いソウルの真ん中に303万平方㍍規模の敷地が市民の手に戻る。約110年ぶりにできた敷地を市民の文化および生態空間として造成するため、政府は2005年、国内に最初で最大の国家都市公園を造るという方針をたてた。07年に龍山公園造成特別法を制定した後、龍山公園の基本設計および公園造成を計画している。27年に龍山公園として変貌させるマスタープランを樹立した。

 だが龍山米軍基地の活用方法をめぐっては多くの主張が出ている。一時期、部署ごとに文化施設の名目で各種施設を建設する計画が明らかになり、乱開発などとも批判された。

 最近では龍山米軍基地に賃貸住宅を造ろうという主張も出ている。不動産価格上昇の原因が供給不足だから、職住近接が卓越した龍山米軍基地に賃貸住宅を建設すれば、供給に道が開けて価格を安定化させられるという論理だ。一部では新居がなくて結婚を先送りし、出産率が落ちる現象を克服するためにも、龍山米軍基地に賃貸住宅を造って、供給しなければと主張する。

 それでも龍山米軍基地だけは市民らの憩いの空間として造成しなければならない。米サンフランシスコにあるプレシディオ公園は示唆する点が多い。同公園は龍山公園の2倍の面積であり、200年ほど軍の基地として使われ、冷戦終結後に公園に変わった。

 軍が使っていた800余りの建築物のうち、公園管理目標に符合しないものは撤去して、残った半分程度を再活用して収益モデルを見いだし、公共支援なしで年間8000万㌦の運営費を自ら調達している。

 最近、同公園を訪ねた朴元淳ソウル市長は、「龍山公園が外国軍隊が進駐して110年ぶりに国民に戻る民族的宝物。だからプレシディオ公園のように市民が愛することができる百年、千年の大事な緑地中心の公園にしなければならない」と強調した。

 後日、青い森の龍山公園は賃貸住宅以上の価値として存在するだろう。龍山米軍基地が“市民の生命の森”として造成され、ソウルさらには大韓民国の新しいランドマークとして定着してもらいたい。

(朴ヨンジク社会2部先任記者、1月23日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。

ポイント解説

駐屯地としての「龍山」の歴史

 龍山は南大門(崇礼門)の南、つまり城街の外側に拡がる地区で南営洞などの地名が残るように昔から軍隊が駐屯していた場所である。

 李朝時代には「清軍」が駐留していたが、日清戦争で日本が清に朝鮮の独立を認めさせて(下関条約)清軍を追い出した。続いてここに入ったのが日本軍で、周辺に日本式家屋が多いのも当時の名残である。日本が引き揚げた後は米軍が入って今日に至る。

 韓国人の好きな「風水」からみて、王宮の南側に「営」が置かれたのにはそれなりの意味があったのだろうし、だからこそ自国の軍が置けなくても、外国軍が必然的にそこに駐留したと想像できる。現在、龍山の一角には国防部があり、また戦争博物館も造られたのを見ると、一層、龍山が「営」と関わる地だとの想いを強くする。

 鉄道の龍山駅には昔、上京した軍人のための施設があり、そういう所に付随的にできる歓楽街もあった。現在では龍山駅周辺は開発されて、犬肉料理店と共に駆逐され、高層マンションや商業ビルが立ち並ぶ街に生まれ変わって、往時の面影は全くない。

 龍山基地跡が市民公園として造成されるという計画は、野放図に高層ビルばかり建設されるソウルに、都市の品格と一息つける落ち着きをもたらすものとして期待が寄せられている。“ドブ川”だった清渓川を市民憩いの水辺に生まれ変わらせた李明博市長(当時)の例もあり、進歩派の朴元淳ソウル市長が好みそうな計画でもある。

 ただ「風水」を支持するわけではないが、城外の「営」を外した王都がどう変わってしまうのか、また別の軍が入りはしないか、一度、風水師に観(み)てもらったら、というのはお節介に過ぎるか。