
担い手の高齢化と後継者不足という深刻な問題に直面している日本の農業。農業大国といわれる北海道においても同じような悩みを抱える。離農する農家が増加する一方で1戸当たりの耕地面積が増え、農業従事者の作業効率化は喫緊の課題となっている。そうした中で北海道ではIT機器を利用したスマート農業に活路を見いだそうとしている。(札幌支局・湯朝肇)
温湿度管理や自動で灌水
従事者の〝儲かる実感〟が重要
「当別町は札幌市から北に車で40分ほどの所にある町。花卉(かき)の生産が盛んで、特にユリは北海道一の生産量を誇っています。ただ、労働者不足と技術の伝承という面では、他の自治体と同様の悩みを抱えており、そんな課題を解決しようとスマート農業の導入に取り組んでいるところだ」――こう語るのは当別町農業総合支援センター主任の高橋雄亮さん。2月27日、江別市内の市民会館で開かれた石狩管内スマート農業セミナーで高橋さんは同町の花卉栽培で導入しているIT機器を活用したスマート農業の実証実験への取り組みを報告した。当別町は人口が約1万6000人で江別市や石狩市に隣接した森林と農業の町である。
高橋さんによれば、当別町では農業に従事しているのは約500戸で耕地面積は8500ヘクタールに及ぶ。コメや小麦、大豆が主要作物となっており、花卉農家は現在83戸。「昭和47年に若手農家6人で当別花卉生産組合が設立され、平成10年には110戸まで増え、産出額も14億円に伸びた。ただ、近年は農家の高齢化などを理由に生産量・産出額も10億円前後と減少か横ばい傾向にある」と高橋さんは語る。そうした中、低コストで効率的な農業として目を付けたのがスマート農業だった。同センターではJAいしかりなどと連携しながら令和3年度から5年度まで3年間の実践事業として、スマートフォンやタブレット端末を使い、温度管理、自動灌水(かんすい)システムなどを活用したユリのハウス栽培を行っている。

「ハウス栽培で重要なポイントはハウス内の温湿度、土壌の温度、とりわけ土壌水分の管理は重要で従来だと灌水するにしてもハウス1棟当たりにバルブの開閉で5分前後の時間を要した。仮に20棟のハウスとなれば2時間近い作業となる。それがIT機器を利用した自動灌水システムではスマホで管理できるので大幅な時間短縮につながる」(高橋さん)というのである。
一方、江別市でハクサイやレタスなどの露地野菜の他にキュウリなどの施設栽培を行っている萩原農場を経営する萩原雅樹さんは令和4年からキュウリ、トマトのハウス栽培にスマート農業を導入。一昨年からキュウリハウス12棟45アールに環境モニタリング、自動灌水システムのIT機器を導入して作業の効率化を図っている。
導入する経緯について萩原さんは「ハウス栽培で重要なのは温度や換気、CO2濃度、風向や風速など小まめに管理しなければならないこと。とりわけ午前中のハウス内は急激な温度上昇によって結露が生じ、それが作物にとって病害の原因にもなる。作物にとって生育に適した温度は異なるので、IT機器によって環境が制御できることがコスト面で何よりもメリットとなる」と話す。昨年夏場は北海道も猛暑に見舞われたが、萩原さんのキュウリ栽培は収量・収入とも前年よりも増加したという。
この日のセミナーでは、当別町と江別市の事例の他に、高知県でのスマート農業における施設園芸への取り組みの調査報告やホクレンが現在、道東の訓子府町で取り組んでいる無人走行が可能なロボットトラクターを活用した実証農場の事例が発表された。また、農薬散布に効力を発揮するドローンの展示・説明も行われた。
この中で高知県の先進事例を報告した石狩農業改良普及センターの森明洋さんは、「スマート農業の目的は栽培管理の省力化によって収量・品質がアップすることにあるが、何よりも農業従事者が儲(もう)かると実感することが重要だ」と語る。
担い手・後継者不足が叫ばれる日本の農業。その一方で燃料や資材・肥料などの高騰に見舞われる中、新しい農業の形となるスマート農業はまさに始まったばかりだといえる。