旧統一教会

【特報】「私は引きこもりではない」 鈴木エイト氏を提訴した後藤徹氏 宗教脱会ビジネス再発を危惧

「引きこもり」。ジャーナリスト・鈴木エイト氏からテレビ番組でこう呼ばれた東京都在住の後藤徹氏(59)は、名誉毀損(きそん)で鈴木氏を訴える裁判を起こした。世界平和統一家庭連合(家庭連合=旧統一教会)の信者であるため、12年以上も閉じ込められて棄教を迫られた後藤氏は、「引きこもり」発言が大手メディアでまかり通ることで脱会ビジネスが再び活発化するのではないか、と危惧する。(宗教と政治取材班)

被害情報の再検証が必要だ 「家庭連合」解散請求どう見る?ユーチューバー・三津間弘彦氏に聞く(下)

――世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の解散命令請求について、新聞・テレビには「請求が遅すぎた」と自民党政権を批判する論評はある。しかし、異議を唱える主張はほとんどない。そんな中で、教団擁護のスタンスを取る三津間さんのユーチューブ発信は異色だ。

反共思想でイメージ変わる「家庭連合」解散請求どう見る?ユーチューバー・三津間弘彦氏に聞く(中) 

ユーチューブ発信は2021年8月から始めた。もともとは中国古典の紹介や陰謀論・都市伝説系のユーチューバーを目指していた。しかし、現在の政治や報道のあり方に不安を覚えるようになり、何か言わなければならないと考えるようになった。そこから政治・時事問題をテーマにした発信がメインになった。

「家庭連合」解散請求どう見る? ユーチューバー三津間弘彦氏に聞く(上)

岸田政権が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の解散命令を東京地裁に請求した。国民の8割がこれを評価する世論調査結果が出る中、岸田政権の対応を厳しく批判するユーチューバーがいる。三津間弘彦さん(38)だ。安倍晋三元首相暗殺事件以降、新聞・テレビの既存メディアが教団批判を続けるのに、なぜ教団擁護の発信を続けるのか。三津間氏に聞いた。

旧統一教会 首相“嘘答弁”浮上で解散命令請求手続きに「赤信号」と若狭勝弁護士

岸田政権が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の解散命令を東京地裁に請求した。世論調査では、国民の約8割がこれを評価するという。ところが、「岸田総理の信用が著しく失われることになりかねない事態だ」と、「赤信号」(レッドカード)を掲げる弁護士がいる。東京地検特捜部副部長や東京地検公安部長などを歴任した若狭勝氏だ。

【宗教と政治】岸田首相に反対を訴え旧統一教会解散請求で元EU信教自由特使 「左翼メディアが憎悪を煽る」

欧州連合(EU)で初代信教の自由特使を務めたヤン・フィゲル元スロバキア副首相が、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の解散命令請求に反対する書簡を、12日付で岸田文雄首相と上川陽子外相宛てに送っていたことが分かった。

旧統一教会 解散請求問題で首相に「嘘」答弁させたと自慢する小西動画拡散

「(昨年の)臨時国会が始まる前、統一教会には『解散命令は適用できない』と閣議決定していた。それをひっくり返させるのをどうするかというと、今までは文化庁が『信教の自由が大事だ』と、一つの役所で考えていたのを改めて、岸田政権全体、内閣法制局や法務省も呼んでみんなで議論したら、宗教法人法の解散命令に、民法の不法行為も適用できると考えを変えたと言ったらいい。

旧統一教会の解散請求 東京地裁に 文科省 不法行為で初

世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を巡る問題で、文部科学省は13日、教団の解散命令を東京地裁に請求し、受理された。多額の献金を要求する民法上の不法行為が1980年ごろから継続し、被害は計約204億円に上るなど甚大だと指摘。宗教法人法に基づき、法令に違反して著しく公共の福祉を害し、目的を逸脱したと判断した。

旧統一教会の解散請求決定 質問、元信者ら調査し判断 文科省

世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の高額献金などの問題を巡り、文部科学省は12日、教団の解散命令を請求する方針を正式決定した。盛山正仁文科相が記者会見で表明した。文化庁による調査の結果、教団は遅くとも1980年以降、困惑や不安に陥れる勧誘活動を続け、被害が約1550人、計約204億円に上ることなどから民法の不法行為に当たり、解散命令事由に該当すると判断。13日にも東京地裁に請求する。

#15 「二度と犠牲者を出さない」検察は不起訴処分、後藤さんの闘いが始まった【後藤さんの闘い・解放から入院へ⑤】

両膝の痛み、栄養失調、脱水症状などで都内の病院に緊急入院となった後藤徹さんが車椅子で、診察室から病棟405号室に移ったのは2月11日午前1時40分(看護記録による)。歩けなかったので、ベッドの傍らにはポータブルトイレが用意された。

#14 「2年ぶりのカレーとあんぱん」あまりの嬉しさに涙がこぼれた【後藤さんの闘い・解放から入院へ④】

守衛からの電話で「13年」という監禁期間と「後藤」という名前を聞いた当時の統一教会広報部長・太田朝久氏が、「本物だ!」と興奮して叫んだのはどうしてなのか。

#13 「私も食口ですよ」A子さんとの出会い「全細胞が感動して」涙【後藤さんの闘い・解放から入院へ③】

東京・荻窪の監禁場所から歩き続けた後藤徹さんは、東京・渋谷の山手通りにある「松涛2丁目」交差点で、一歩も動けなくなった。それから、10分ほどたっただろうか。

#12 「本部まであと15分なのに」激痛が走る膝、痛む筋肉【後藤さんの闘い・解放から入院へ②】

後藤さんにとって、12年ぶりに外の空気を吸って自分の足で道を歩くことは、とても新鮮な感覚だった。長年にわたって閉ざされた空間で、同じ人の顔だけを見て過ごしてきたので、全く見知らぬ人が行き交っていることまでが目新しいものに映った。

#11 「2008年2月」生活が苦しくなり無一文で放り出された【後藤さんの闘い・解放から入院へ①】

「統一教会の間違いを検証する気がないんだったら即刻出て行け!」監禁部屋の荻窪フラワーホーム804号室に兄らの怒声が響き渡った。2008年2月10日午後4時ごろのことだった。

#10 ニンジンの皮、キャベツの芯「もう危ない」体力は限界に【後藤さんの闘い・東京荻窪⑦】

後藤徹さんのハンスト30日間も壮絶な日々であったが、その後の約70日間も、言葉ではとても表現し尽くせない過酷な日々であった。少々の重湯と1日1㍑のスポーツドリンク(ポカリスエット)だけという日がずっと続いた。重湯は、生米を鍋で煮た白い上汁で、1回の食事時に直径7㌢深さ5㌢ほどの丸い小鉢に7分ぐらいの分量だけ。まさに、食事制裁だった。

#9 「このままでは本当に殺される」ハンスト抗議の末に【後藤さんの闘い・東京荻窪⑥】

とうとう後藤さんは不惑の40歳になった。すでに監禁は8年に及んでいた。これまで何度も脱出を試みたが、その都度取り押さえられた。長期にわたる監禁による体力の衰えと力の行使に無力感を感じていた。そんな中で、ついに2004年4月に、21日間のハンガーストライキを決行したのである。

#8 上着はボロボロに破かれ、血は畳にしたたり落ちた【後藤さんの闘い・東京荻窪⑤】

手元に置かせてほしいと求め、いったんは拒否された「現代用語の基礎知識」を、家族は翌2000年1月になると持ってきた。また、このころから産経新聞が“支給”されるようになった。後の話だが、新聞は産経から東京新聞に変わり、それも06年6月ごろからは来なくなった。

#7 「畜生、ここから飛び降りてやる」続く膠着状態、先が見えず募る焦り【後藤さんの闘い・東京荻窪④】

昼間の時間は“無事に”過ぎていく。何事も起こらないからだ。後藤さんは、その間、ずっと聖書や統一教会の教理である原理講論、統一思想の本を読んで過ごした。

#6 「死んでしまいたい」家族からの拉致監禁、脱会屋の罵倒【後藤さんの闘い・東京荻窪③】

荻窪フラワーマンションに移ってすぐ、年が変わって1998年になった。1月初旬から9月まで、毎日のように脱会屋の宮村峻・会社社長が元信者らを引き連れて804号室にやってきた。そして、決まって夕方6時から夜8時ごろまで腰を据えていた。

#5 止まらない誹謗中傷、脱会屋「宮村峻」【後藤さんの闘い・東京荻窪②】

偽装し、家族の脱会強要のプログラムに合わせてきた後藤さんだが、常に自分を演出し続けることに、ついに耐えきれなくなった。荻窪フラワーホームに移って数日後、監禁部屋に兄を呼んで、ちゃぶ台を挟んで座らせた。

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