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いにしえの日本を考える(10) 朱子学の影響 「自己修養」、江戸以降に曲解

 江戸時代には武士の幕藩統治のために重用された「官学としての朱子学」と日本人の生活実践のために作られた陽明学や心学などを中心とした儒学、いわゆる「日本儒学」がありました。私はあえて江戸時代の儒学を「官学としての朱子学」と「日本儒学」の二つに分けて考えています。なぜなら、この二つは天と地ほどの違いがあるからです。

いにしえの日本を考える(9) 儒教とは何か? 「神」より「人間」重視した孔子

 「儒教は宗教か」という問いには一律の答えはありません。宗教としての側面がある一方、まったく宗教とは懸け離れた側面があるのが儒教です。「儒教」には、祖先祭祀・天への祭祀(さいし)・聖人崇敬など宗教的要素も存在します。ただし、これまで整理してきた「宗教=信仰対象・救済論・儀礼・宗教組織などを備えた体系」という意味で見るなら、私は宗教というより「倫理思想・政治思想・人間形成の学」と整理する方が分かりやすいと考えます。

いにしえの日本を考える(8)日本儒学 日本人のための処世訓

 今まで、神道と仏教を中心にお話ししてきました。今回は、儒教と日本儒学についてお話ししたいと思います。日本人にとって、「儒教」とは何でしょうか。礼儀を守ること、親を大切にすること、年長者を敬うこと、勉学に励むこと、社会の秩序を乱さないことなどを、私たちはよく「儒教的な考え方」と呼びます。しかし日本人の多くの方の儒教への認識に大きな勘違いがあると考えています。

いにしえの日本を考える(7)神と仏が共にある国へ 世界に類のない多神仏習合国家

 これまで、「信仰と宗教」「神道と仏教」について考察してきましたが、今回はその関係性について考えてみたいと思います。日本人は昔から、山や川、海、森、大きな岩、太陽や月など、自然の中に目に見えない力を感じてきました。そして、自分たちは自然の力だけでなく、祖先や地域の人々、多くの命に支えられて生きていると考えてきました。このような、自然や祖先に手を合わせ、感謝する心が、日本の信仰の原点です。

いにしえの日本を考える(6)日本仏教の本来の姿 生きる希望と死を受け入れる道

 前回は、現代日本の仏教に対して、やや厳しい意見を述べさせていただきました。本来、日本の仏教は、国の平安を祈り、人の心を整え、生き方と死生観を教える、社会の中心的な宗教でした。今回は、飛鳥時代から江戸時代まで宗教として日本に定着していた仏教の姿を見つめ直してみたいと思います。

いにしえの日本を考える(5) 現代の日本仏教 ビジネスから本来の姿へ

 「神道は現在、制度上は宗教と定義されています。しかし、古来神道は日本固有の民族信仰と考えた方が私はしっくりきます」と、書かせていただきました。今回は「仏教は宗教なのか」を考える前に「現代の日本の仏教」について考えたいと思います。

いにしえの日本を考える(4) 「宗教」とは何か 信じるのではなく学ぶ

 今回は「宗教」について、考察したいと思います。人間は「どう生きるべきか」「なぜ苦しむのか」「なぜ死ぬのか」「何を大切にすべきか」など、生きていく上での疑問に答えを与えてきたのが宗教です。

いにしえの日本を考える(3) 日本の神道は宗教か?無意識に持つ民族信仰

 これまで「信仰」と「宗教」の違い、そして「日本のカミから神への変遷」について考えてみました。そこで今回は「日本人の神への思いは信仰か宗教か」「神道は宗教なのか」について考察します。

いにしえの日本を考える(2) 日本のカミと神の変遷 時代と共に変化した神道

 第1回では、「信仰と宗教」について考えてみました。今回は「日本の神道」について考えてみたいと思います。

いにしえの日本を考える(1) 日本人の信仰心と宗教観 生活の一部だった“祈る姿勢” 向き合い方忘れた現代人

 現代の日本人は「無宗教」「無信仰」「無神論」などと言われることがあります。「皆さんは、ご自身に信仰心があると思いますか?」。日本人にとっての「信仰」や「宗教」とは何なのでしょうか。今回は「信仰」と「宗教」という言葉の違いや意味をゆっくり考えてみたいと思います。

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