イノベーションがもたらす始動人の育成と活躍

非認知能力が重要視される時代
慶応義塾大学総合政策学部教授の中室牧子氏
人間力を高める教育機会をどう作るか
群馬県で「湯けむりフォーラム2022」が開催された。“教育イノベーション”と題して、子供たちが「自ら考え、自ら取り組む力」を育む、学びの環境づくりを推進している。教育を対象に経済学の理論とデータを使って分析した中室牧子慶応義塾大学総合政策学部教授の講演内容を紹介する。
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「教育経済学」という応用経済学を研究している。教育経済学とは、教育を対象に経済学の理論とデータを使って分析する学問分野。これまで教育の議論では現場の先生の勘や経験が中心となってきたが、最近は子供たちの認知特性も多様になり、社会から求められるスキルも変化している。そこで「どのような教育実践や政策が、子供たちの能力やスキルを高める効果があるのか」ということを、ビッグデータを活用して分析することが求められている。
「認知能力」とは、学力テストやIQテストで測ることができる能力のこと。“読み書きそろばん”という狭い範囲に限らず、「物事を考える力」と捉えていただければいい。一方で「非認知能力」というのは認知能力以外のスキルを雑にまとめたもので、自分をコントロールできるような自制心や忍耐力、物事をやり抜く力、リーダーシップスキル、コミュニケーション能力などが例に挙げられる。
多くの保護者の方が過去の経験やさまざまな経緯から、偏差値にセンシティブであり、「認知能力」に重きを置いていた。ところが最近の経済学では、学校卒業後の職業や賃金といった成果に大きな影響を与えるのは、「非認知能力」だということが分かってきた。よく「学校で勉強だけができても役に立たない」と言うが、まさにそのことが実証的に証明されつつある。
具体的な研究としては、ハーバード大学のデイビッド・デミング教授が興味深い調査結果を発表している。彼は1980年代から2000年代にかけて「雇用のシェア」を時系列で追い、認知能力の高い人/低い人、非認知能力の高い人/低い人、それぞれの能力特性ごとに4分類したとき、「どのような能力を持つ人が労働市場で求められているか」を分析した。結果、最も雇用率の高い人は一貫して「認知能力が高く、非認知能力も高い人」で、反対に雇用率が最も低い人は「認知能力が低く、非認知能力も低い人」だった。
ここまでは当たり前の結果。問題は「認知能力が高く、非認知能力が低い人」と「認知能力が低く、非認知能力が高い人」のグループだが、雇用率がずっと上昇しているのは「認知能力が低く、非認知能力が高い人」のグループだった。
これは私たちの直観と大きく違うのではないかと思う。人間よりも賢いロボットやAIが登場したことが、“人間にしかできない仕事”に対する雇用市場での価値を高めていると言えるのかもしれない。今後はさまざまな対立点の中でネゴシエーションを通じて合意形成を図るような辛抱強さや人間性、リーダーシップを発揮して人をまとめる力や新たな発想をビジネスにつなげる力が重要視されてくると考えている。