遠友再興塾、夜学校テーマの紙芝居上演 札幌市
高校生がタイムスリップ 当時と自分の将来見つめる
老若男女の心捉えた三橋とらさん

札幌農学校の卒業生で日本の教育界に大きな影響を及ぼした新渡戸稲造。クラーク博士の薫陶を受け、札幌農学校で教鞭(きょうべん)を執っていた時代、貧しい家の子供たちのために夜学校をつくり無償で教育を授けたのは有名な話。遠友再興塾(佐藤邦明会長)は、その新渡戸の教育精神を受け継ごうと幅広い活動を続けている。
(札幌支局・湯朝 肇)
「ミツオは仕事が終わった後、遠友夜学校に行くのがとても楽しみでした」――6月18日、札幌市内で開かれた遠友再興塾主催の紙芝居公演で演者の三橋とらさんが語った一節。話に出てくるミツオとは、実在の人物で戦前、札幌遠友夜学校で学んだ生徒の一人。現在、遠友再興塾会長の佐藤邦明さんの父親・三男氏である。
東京在住で紙芝居の演者として全国を駆け回り、活躍する三橋さんは、この日のために何度も札幌を訪れ札幌遠友夜学校について調べ、夜学校に関わりのある縁者にも取材を重ねながら、自ら紙芝居用のストーリーを作っていった。
そしてこの日、発表した作品が、「ミツオたちが遠友夜学校で学んだ日々」だった。三橋さんは、この物語を作るに当たって、「札幌遠友夜学校そのものに焦点を当てると、とても堅いイメージになってしまうので、現在の高校生の男の子が、宇宙人と出会い、そこでタイムスリップしながら、遠友夜学校に通っていた人たちと会話しながら、当時のこと、自分の将来のことを考えていくという設定にしました。あくまで今の子供たちや若い人たちも聞いて楽しんでもらえるような紙芝居にしたかった」と語る。
この日の参加者は30人ほど。お年寄りから家族連れの親子まで熱心に聴き入っていた。紙芝居を終えた後の会場からの感想では、「遠友夜学校がどんな学校だったのかよく知ることができた」「ストーリーに出てくる主人公の男の子が、遠友夜学校を知ることで生き方を少しずつ前向きに捉えていく姿が良かった」という声が上がった。
今回の紙芝居の企画について佐藤会長は「三橋さんに遠友夜学校をテーマに札幌で上演していただいたのは今回が初めて。紙芝居というと、いささか古めかしいところはありますが、演者と参加者の距離がとても近くて臨場感があり、心に響いてくるところがたくさんあるのがいいですね。これからも紙芝居の場を多くつくっていきたい」と語る。
札幌遠友夜学校とは、新渡戸稲造によって明治27年に創設された夜学校。経済的な理由で普通学校に通うことのできなかった子供たちを無償で教えた学校で、50年にわたって設置され、1000人以上の子供たちが卒業していった。
一方、遠友再興塾は、昨年10月に96歳で亡くなられた山崎健作氏が2015年に設立した団体。山崎氏は少年時代に札幌遠友夜学校に通い多くのことを学んだ。その後、特攻隊の生き残り兵として帰国した山崎氏。戦後、小中学生や高校生など若い人たちを対象としたボランティア活動に積極的に関わったが、そこで遠友夜学校の精神が生かされたという。
遠友再興塾の設立の経緯について生前、山崎氏は「今の時代、遠友夜学校といっても知らない人が多い。しかし、先生と生徒のつながりがとても深く、学ぶことに喜びを与えてくれた遠友夜学校の精神をつないでいくことはとても大事なことという思いが強くあった」と語っていた。
遠友再興塾の今後の活動について佐藤会長は次のように語る。
「山崎前会長のご自宅を改装して遠友夜学校の歴史が分かるように、今年春に『資料展示室』を設置しました。希望の方は自由に見ることができます。また、会員同士のコミュニケーションを図ることを目的として、『遠友カフェルーム』という名称で投稿小冊子を発刊しました。これは年2回ほどのペースで発行する予定です」
紙芝居上演後、参加者はかつて札幌遠友夜学校があった跡地を散策した後、『資料展示室』を訪問、当時の写真や資料を熱心に見入っていた。祖父が遠友夜学校の校長を務めていたという半澤久・北海道科学大学名誉教授は「当時の貴重な資料を身近に見ることができ、また多くの人に見てもらえるのは私としても非常にうれしい」と語る。まさに札幌遠友夜学校を創設した新渡戸稲造の精神が今も市民に息づいている。