トップ社会「御聖断」の舞台、復元・保存を 80年余、朽ちるがままに 戦後の出発点 皇居「御文庫付属室」昭和100年

「御聖断」の舞台、復元・保存を 80年余、朽ちるがままに 戦後の出発点 皇居「御文庫付属室」昭和100年

終戦を決めた御前会議が開かれた御文庫付属室の会議室= 2015年7月15日撮影、宮内庁提供
終戦を決めた御前会議が開かれた御文庫付属室の会議室= 2015年7月15日撮影、宮内庁提供

 激動の昭和史の転換点、敗戦からの復興へと歩みだす戦後の出発点となったのは、昭和天皇の終戦の「御聖断」だった。その御前(ごぜん)会議の舞台となったのが皇居の「御文庫(おぶんこ)付属室」だ。しかし、日本の運命を決した歴史的建造物は、80年余を経て朽ちるがままとなっている。苦難の歴史を風化させないため、復元・保存し、しっかりと後世に伝える必要がある。(特別編集委員・藤橋 進)

 「御文庫付属室」は、皇居内に造られた三つ目の防空壕(ごう)で、1941年9月に完成。45年に昭和天皇が戦時中住まわれていた「御文庫」と100㍍のトンネルで結ばれた。終戦直前に補強工事が行われるが、これは本土決戦を考える陸軍が長野県に建設していた松代大本営への移転を昭和天皇が拒否されたためという。

 45年8月9日深夜から翌朝2時20分まで、御文庫付属室の会議室で、御前会議が開かれ、日本の降伏条件を示したポツダム宣言の受諾について討議された。意見が3対3に分かれたところで、鈴木貫太郎首相が、昭和天皇の御聖断を仰いだ。終戦を決意しておられた昭和天皇は、「天皇の国家統治の大権に変更を加える要求を含まない」という了解の下で宣言を受諾するという東郷茂徳(しげのり)外相案に賛成するとの御聖断を下された。

 しかし、この「国体」問題について、連合国側から、「天皇および日本政府の国家統治の権限は、連合国最高司令官の制限の下に置かれる」「最終的な日本国政府の形態はポツダム宣言に遵(したが)い、日本国国民の自由に表明する意思によって決定される」との返答があった。

 このため、第2回の御前会議が14日に開かれる。「これでは国体は護持されない」と、阿南(あなみ)惟幾(これちか)陸相らが受諾に反対し意見が割れたため、鈴木首相が再び御聖断を仰いだ。昭和天皇は、「国体護持に関しては連合国も認めていると信じる。不安はない」とされ、「この際、忍び難きを忍んで、戦争を終結に導き、我国体を保持し、万民を塗炭の苦しみより救いたい」と再度の御聖断を下された。そして必要ならば自らマイクの前に立つと述べられ、翌日の玉音(ぎょくおん)放送となった。

終戦を決めた御前会議が開かれた御文庫付属室の会議室= 2015年7月15日撮影、宮内庁提供
ポツダム宣言受諾を決めた御前会議の様子。画家の白川一郎氏が、当時の関係者から話を聞いて描いたとされる。中央奥が昭和天皇(千葉県野田市の鈴木貫太郎記念館提供)(了)【編注】新聞8月1日付朝刊用、ラ・テ・インターネット同日午前5時以降使用。AT28のカラー画像を入手したので、追加します。

 昭和天皇はその時の御心境を「身はいかになるともいくさとどめけり ただたふれゆく民をおもひて」と詠まれている。御一身を擲(なげう)って、国家と国民のため終戦を決断されたのである。参加した重臣から嗚咽(おえつ)の声が漏れた。2度の御前会議の様子は、画家の白川一郎氏が出席者から話を聞いて描いている。

 戦後70年を迎えた2015年8月1日、宮内庁は玉音放送の原盤と、そこからデジタル録音した音声を初めて公開するとともに、御文庫付属室の写真や図面などの史料を公開した。それを観(み)ると、歴史的御前会議の開かれた会議室の船底の形をした天井は、赤いさびが目立ち、壁の板は倒れかけ、床の板は破損して木材が散乱する無残な状態となっている。

 宮内庁は70年間、御文庫付属室の維持管理を一切行ってこなかった。「維持管理は無用」との昭和天皇の考えが、代々の宮内庁幹部に引き継がれてきたのだという。読売新聞(15年8月1日付)には、「国民が食糧難に苦しむ中、多額の費用をかけて維持する必要を認めなかったのだろう」との幹部の一人のコメントが載っている。

 しかし、食糧難時代は遠い昔の話だ。宮内庁は、一時期の昭和天皇の言葉を盾に、維持管理の責任から逃げてきたのではないか。御文庫付属室の写真やビデオは今も宮内庁ホームページで閲覧することができるが、公開から10年以上たち、荒廃はさらに進んだのではないかと懸念される。

 日本の戦後の出発点となった舞台が、このように荒れるがままの状態に置かれているのは、実に忍びない。戦争の歴史を風化させるなと、その悲惨さを伝える施設は残す一方で、昭和天皇と日本の指導者たちが苦渋の決断をし、戦後の復興の原点となった場を保存しないというのは、全く理にかなわない。戦後80年を超え、昭和100年を記念する今、復元・保存を真剣に検討すべきではないか。

 

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