イタリアの宗教社会学者マッシモ・イントロヴィニエ氏が、世界平和統一家庭連合(家庭連合、旧統一教会)の韓鶴子総裁がノーベル平和賞に推薦されたことを受けて、米紙ワシントン・タイムズ(10日付)に論考を寄せた。その全文を転載する。(ワシントン・タイムズ特約)

ヤン・フィゲル氏が、韓鶴子氏を2026年のノーベル平和賞候補に推薦したことが世界的な注目を集めているが、それは当然のことである。
フィゲル氏はスロバキアの元閣僚であり、欧州委員を務め、さらに欧州連合(EU)で初の信教の自由特使を担った人物である。人権問題に関して欧州で最も尊敬される重鎮の一人であり、迫害を受ける宗教団体を長年擁護してきた実績は、同氏が支持するいかなる活動にも重みを与える。
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筆者は、フィゲル氏による韓氏の推薦は適切かつ時宜を得たものだと考える。これを支持する理由は三つある。
第一に、韓氏が数十年にわたって平和のために尽力してきた実績は疑いようがない。世界的宗教運動である世界平和統一家庭連合の指導者であり共同創設者であるだけでなく、平和教育の分野で世界で最も影響力を持つ人物の一人である。
故文鮮明師と共に創設した天宙平和連合(UPF)を通じ、現・元首脳、国会議員、宗教指導者など各界の有力者からなる数千人の平和大使が平和推進の取り組みを支えてきた。
韓氏はこれまで、世界的に著名な人物が参加する国際会議(筆者も出席している)を継続的に開催し、個人としてはあまり例のない規模で宗教間協力の場を築いてきた。また、政府間交渉では実現していない朝鮮半島の平和的統一を訴え続けている点でも、数多くの人々に希望を与えている。
その平和構築への貢献は重要で持続的、かつ世界的である。ノーベル平和賞はこれまでも宗教的立場を超えた影響力を持つ人物を顕彰してきた。韓氏もその一人にふさわしい。
第二に、韓氏は現在、憂慮すべき状況の下、韓国で数カ月にわたって拘束されている。83歳で健康も万全ではない中、観察者の多くが政治的動機に基づく虚偽の訴追と見なす容疑に問われている。こうした拘束は、現政権に批判的と見なされる宗教団体に対する広範な締め付けの一環と重なる。
歴史的に見ても、ノーベル平和賞は平和的活動の故に不当に拘束された指導者にしばしば授与されてきた。韓氏もこれに当てはまる。この事例は国際的関心に値し、その推薦は韓国における平和的宗教共同体の権利保護の緊急性を浮き彫りにしている。
第三に、日本の状況がこの推薦の重要性をさらに高めている。日本の裁判所は、国内の家庭連合の解散を命じ、礼拝施設の閉鎖や資産の差し押さえを行い、数十万人の一般信者に不名誉な烙印(らくいん)を押した。組織自体に刑事責任が問われていないにもかかわらず取られた前例のない措置であり、すでに差別や嫌がらせ、社会的排除を招いている。
何ら過ちのない一般信者が、社会から排除された存在のように扱われている。
さらに憂慮すべきは地政学的影響である。中国は日本の判断を「問題のある」宗教団体への対処モデルとして称賛した。ウイグルのイスラム教徒やチベット仏教徒、法輪功の信者、未登録のキリスト教共同体を迫害している共産主義政権にとって、日本の措置は格好の宣伝材料となる。
それにより中国政府は、民主主義国家でさえ政治的都合に応じて宗教的少数派を抑圧していると主張できるようになる。これは危険な前例であり、民主主義世界の道義的基盤を損なう。
韓氏自身も、日本における教団批判の中で個人的な攻撃にさらされてきた。その平和への貢献を認めることは、「民主国家は権威主義的な宗教統制の手法を模倣すべきではない」という強いメッセージとなるだろう。
ノーベル平和賞はしばしば、不正義に対する意思表明の役割を果たしてきた。韓氏への授与は、平和的な宗教指導者が韓国であれ、日本であれ、中国であれ、政治的圧力によって沈黙させられてはならないことを示すものとなる。
米国は長年、宗教の自由を世界の安定の柱として支持してきた。同盟国がこの原則から逸脱する場合、沈黙は許されない。韓氏のノーベル平和賞推薦は、すべての人が信仰し、礼拝し、恐れることなく生きるという基本的権利へのコミットメントを、民主主義世界が再確認する機会である。
今こそ断固とした姿勢が求められている。フィゲル氏は大胆な一歩を踏み出した。筆者はこれを支持し、他の人々にも同様の行動を呼び掛ける。





