トップオピニオンインタビュー【連載】信仰の寄る辺を求めて 家庭連合解散から1カ月(2)宗教審議事録 非公開に内規変更

【連載】信仰の寄る辺を求めて 家庭連合解散から1カ月(2)宗教審議事録 非公開に内規変更

 世界平和統一家庭連合(家庭連合、旧統一教会)の信者で、日本の家庭を守る会代表の小笠原裕氏は、非公開となっている宗教法人審議会の議事録の開示請求を文化庁に行った。その結果、情報公開・個人情報保護審査会から同庁の不開示処分は妥当であるとの判断をされたことを3月に自身のブログで明らかにした。宗教行政の開かれた議論を求める小笠原氏に話を聞いた。(聞き手=石井孝秀)

 おがさわら・ひろし 1963年広島県生まれ。88年東京大学経済学部卒。同大在学中に家庭連合の教義を学ぶ。卒業後は総合商社に入社し、国内外で勤務。2020年、退職。千葉県で中小企業診断士として独立開業。24年1月、「信教の自由と人権を守る千葉県民の会」を発足、代表となる。同年夏、政治団体「日本の家庭を守る会」を設立。
 おがさわら・ひろし 1963年広島県生まれ。88年東京大学経済学部卒。同大在学中に家庭連合の教義を学ぶ。卒業後は総合商社に入社し、国内外で勤務。2020年、退職。千葉県で中小企業診断士として独立開業。24年1月、「信教の自由と人権を守る千葉県民の会」を発足、代表となる。同年夏、政治団体「日本の家庭を守る会」を設立。

 ――最初に開示請求を行ったのは。

 2023年9月8日に初めて開示請求を行った。質問権行使と過料通知についての議事録8回分の公開を求めた。家庭連合への解散命令請求が出た後や教団が指定宗教法人に指定された際も議事録の開示請求を行ったが、結果はすべて不開示決定だった。

 質問権行使や解散命令請求の議事録不開示という決定に対して審査請求も行ったが、文化庁はこれを却下。さらにその後、文化庁は24年4月に総務省の管轄する情報公開個人情報保護審査会に、この決定について諮問した。同審査会は26年3月18日、不開示処分が妥当であると答申を行い、議事録の不開示が事実上確定した。もはや日本の宗教行政に、開かれた議論を期待するのは難しい。

 ――審査請求をした際の主張のポイントは。

 宗教審議会の議事録に関する内規によると、原則公開ではあるものの「会長が必要と認めるときは、審議会に諮った上で、必要な期間、議事録等の一部又は全部を公開しないことができる」とある。

 しかし、この一文は質問権行使について話し合われた初日に追加された箇所だった。ここ以外にも変更点はあるが、変更後の内規は開示されておらず、もし私が開示請求をしていなければ、今でも非公開のままだったかもしれない。議事録の開示請求は却下されたのだが、委員会の名簿などが一部開示され、その中に変更後の内規も含まれていた。その内規には変更日も記載されていた。

 この点は私が一番問題視しているところで、審査請求では内規の変更に関する議事録まで非公開となっているのは不当だと主張した。今回だけでなく、今後の案件でもその都度、行政側の都合の良いよう内々に処理されるのではという懸念につながる。宗教法人の在り方に関わる重要な会議であるのに情報が非公開なのは、ほかの宗教団体への影響を十分考慮しているとは言えない。

 ――文科省側の主張は。

 内規の変更を含めて、議事録全般が行政機関情報公開法で不開示とされる情報に該当すると説明している。具体的には教団の機密情報を扱っているので、その保護のためであるとか、委員の自由闊達(かったつ)な議論の妨げとなるという指摘だ。

 これは未来永劫(えいごう)、議事録を公開させないため、行政機関情報公開法を持ち出したのではないかというのが私の率直な感想だ。自由闊達な議論のためというなら、匿名化・抽象化などの工夫によって開示できるはずだと、私は審査請求を通じて訴えたのだが、文科省側からは「意味が不明確」と一蹴されてしまった。

 委員の中には家庭連合を敵対視する日本基督教団など、明らかに教団に対して中立ではない立場の人も交ざっていた。だからこそ議事録を公開しなければ、中立性を保つのは難しいはずだ。

「密室」の抑圧防ぐ役割を

 ――もし議事録が公開されれば、何が期待できるか。

 もともと宗教法人審議会の設立趣旨としては、行政が、宗教行政をするに当たって、信教の自由を抑圧することを防ぐ監視団体として設置された。

 その委員会が本来の機能を果たしていないとすれば困る。議事録の原則公開は、そのための担保と言えるだろう。

 文科省が誘導的に議論を進めたのか、委員から積極的に意見があったのか、反対意見はどの程度あったのか、それらが明らかになることを望む。また、解散命令請求の審議が非訟事件として「密室裁判」となってしまったが、こちらの変革につながってもらいたい。

 家庭連合側に反省点が全くないとは思っていない。だが、一連の解散に関する議論や報道では、教団側の視点や意見が排除されてしまった。「教団は他責思考だ」と批判する声もあるが、何事も排除は良くないし、自分自身の主張を明確に述べることは大切なことだ。他責という言葉で、異議や抗議をすべて切って捨てるのはただの口封じになってしまう。

 きちんと反対側の意見も聴き切った上で、社会の一人一人にしっかり判断してもらいたい。

【連載】信仰の寄る辺を求めて 家庭連合解散から1カ月(1)

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【連載】信仰の寄る辺を求めて 家庭連合解散から1カ月(6)

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