北海道江別市の酪農学園大学で

北海道の代表的な野生動物の一つであるエゾシカ。30年近く前から科学的・計画的な個体数管理を行っているものの、減少するどころか増加傾向を示し、それに伴って農業被害増加や列車・自動車との接触事故も多発化し、人間社会との軋轢(あつれき)も大きな社会問題となっている。そうした中で一般社団法人エゾシカ協会はこのほど、人とエゾシカとの共生をテーマとしたシンポジウムを開催した。(札幌支局・湯朝肇)
接触事故減少などに即効策なし
共生・食肉など住民の理解を
「エゾシカが北海道東部地域で爆発的に増加したのは1999年。そのころから北海道のエゾシカ捕獲が本格的に始まりました。それはエゾシカによる農業被害を食い止めるために保護管理計画を打ち出したのですが、27年経(た)った現在もなお、効果が上がっているとはいえま
せん。そこでいま一度、未来に向けて人とエゾシカの適正な関係を考える必要があるのではないか、ということでシンポジウムを企画しました」――こう語るのは、エゾシカ協会理事の松浦由紀子さん。5月18日、江別市内にある酪農学園大学学生ホールで開かれた「エゾシカ協会シンポジウム2025」には、学生のほか、自治体関係者や狩猟ハンター、研究者など100人ほどが参加。最前線で働く5人の専門家が現場の活動報告、研究提言を行った。
その中で、北海道立総合研究機構の稲富佳洋研究主幹が道内のエゾシカの生息状況やエゾシカによる被害の実態を報告した。それによると、2023年度の推定生息数は73万頭と試算されている。この数はピークとされる11年度の77万頭に迫るもので、減少する気配はない。この原因について稲富研究主幹は、「暖冬傾向でシカが越冬しやすくなったこと、また狩猟ハンターの高齢化や原生林が新しい農地に変わることでシカの餌環境が変化していったことが挙げられる」と説明する。
こうしたシカの生息数の増加は農業被害や交通事故の増加にもつながっている。北海道の調査によれば、23年度の農業被害は林業を含め51億4500万円に上る。また、エゾシカが関係する交通機関との接触事故は24年度で5460件、10年前の14年度(1940件)に比べて2・5倍近い増加となっている。

道はエゾシカによる被害を食い止めるため、2000年度にエゾシカ保護管理計画を策定した。同計画は現在、6期目(22~27年度)に入り、「エゾシカの適正な個体数管理」と「食肉などの有効活用」を主軸とした取り組みを行っている。ただ、松浦さんが語るように、その成果が目に見える形で表れていないというのが実情だ。
そこで、今回のシンポジウムでは現場で独自にエゾシカに関わる専門家を呼んで報告してもらったわけだが、その1人として占冠村(しもかっぷむら)職員で野生鳥獣専門員として働く浦田剛さんが同村の取組を紹介した。ちなみに、占冠村は北海道の中央部に位置し、面積540平方㌔、香川県の3分の1ほどの広さだが、面積の94%は森林である。人口は1300人の小さな村。北海道内に2カ所ある猟区(もう1カ所は西興部村(にしおこっぺむら))の一つとして14年に指定されている。
浦田さんが強調することは、「野生動物を単に捕獲の対象とみるのではなく、村人にとっては大切な自然資源の一つであり、共生していくべき存在。村人全体が村に生息する野生動物の情報・状況を共有しながら個体の維持管理、有効活用を進める体制を作っていきたい」と語る。具体的には、村内で活動する狩猟ハンターや野生動物に関する情報を村役場に集約すること。そのための専門スタッフを役場に設置し、夏祭りなどのイベントを利用して定期的に勉強会や安全講習会を開催。また、食肉のための処理場を設置し、道内に供給している。「野生動物を怖がるのではなく、村の住民が野生動物と向き合う中で、占冠村で暮らす意味を知ることが大事」だと浦田さん。地域全体で野生動物に対する取り組みの重要性を指摘する。
シンポジウムでは、このほか酪農学園大学の伊吾田宏正教授が海外の国際狩猟場の様子の紹介、岐阜大学の鈴木正嗣教授が「趣味として狩猟を楽しむハンターと公的駆除を目的とした捕獲従事者の区別を法的な面から明確にすべきだ」といった点を挙げるなど、エゾシカ対策の具体的な提言が挙げられた。ただ、野生動物との共存は、相手が生き物であるだけに即効的な解決策を見つけることの難しさもあるようだ。