6月23日の「慰霊の日」は、79年前の沖縄戦で犠牲になった戦没者の追悼と、平和への祈りを新たにする日だが、沖縄県の玉城デニー知事はこの日の演説で、政府が進める自衛隊の抑止力強化に苦言を呈し、国との安保観のズレが鮮明となった。地元メディアも連日「反戦平和」を掲げ、反自衛隊の世論形成に躍起になっている。(沖縄支局・川瀬裕也)
「安保3文書により、自衛隊の急激な配備拡張が進められており、悲惨な沖縄戦の記憶と相まって、私たち沖縄県民は、強い不安を抱いている。今の沖縄の現状は無念の思いを残して犠牲になられた御霊(みたま)を慰めることになっているのだろうか」
23日、沖縄県糸満市の平和祈念公園で開催された県主催の沖縄全戦没者追悼式で、玉城氏は主催者メッセージである「平和宣言」の中で、一昨年12月に閣議決定された安保3文書(『国家安全保障戦略』『国家防衛戦略』『防衛力整備計画』)に基づき進められている南西諸島での自衛隊の防衛力強化、いわゆる南西シフトについて懸念を表明した。
玉城氏は、米中対立や台湾有事、朝鮮半島情勢など東アジアが抱える安全保障環境の問題について「自国の軍事増強により、抑止力の強化がかえって地域の緊張を高めている」として、自衛隊の南西シフトを暗に牽制(けんせい)。
「各国・各地域に求められているものは、それぞれの価値観の違いを認め合い、多様性を受け入れる包摂性と寛容性に基づく平和的外交・対話などのプロセスを通した問題解決だ」と訴え、県が昨年から進める玉城氏肝煎りの、防衛力に頼らない独自の「地域外交」の必要性を改めて強調した。
知事が平和宣言で、在沖米軍による基地負担の問題だけではなく、自衛隊の抑止力強化にまで言及するのは異例で、昨年に続き2回目となる。
玉城氏の発言に同調する形で、地元紙も「(平和)宣言は自衛隊増強に対する県民の不安を反映したものである。政府はそのことを忘れてはならない」(6月24日付琉球新報社説)、「沖縄戦の教訓は、戦争は民間人を巻き込み、軍隊は住民を守らないということだ。(中略)自衛隊こそ、沖縄戦の実相を正しく学ぶ必要がある」(同日付沖縄タイムス社説)などと社説を掲載した。
それ以外にも、戦争体験者へのインタビューなどを通して、「反戦平和」を掲げ、世論を「反自衛隊」へと煽(あお)るような紙面を展開している。
玉城氏は宣言の中で「戦争に繋(つな)がる一切の行為を否定し、人間の尊厳を重く見る『人間の安全保障』を含めた、より高次の平和を願い続ける」と述べた。自衛隊による抑止力強化すらも「戦争に繋がる行為」として捉えているのであれば、的外れとの批判は免れない。
実際、中国は、式典が行われた同日に石垣市の尖閣諸島沖で4日連続の領海侵入を行っており、先月には北朝鮮のミサイル発射によって沖縄全土に全国瞬時警報システム(Jアラート)の警報が鳴り響いたばかりだ。
こうした「戦後最も厳しい」とされる安全保障環境を前提に岸田文雄首相は式典で「戦争の惨禍を二度と繰り返さない」と誓い、式典後、記者団に対し「南西地域を含め、防衛力を強化し、不測の事態においても国民の命と暮らしを守る取り組みを進めていくことが重要だ」と述べ、政府の立場を再度表明した。両者の安全保障についての考えの相違が鮮明になった。
式典後、ある野党系議員は「抑止力の裏付けなき『地域外交』だけで平和が維持できるほど、生易しい安全保障環境ではないことを玉城知事は直視すべきだ」と嘆いた。