領有問題に乏しい警戒感
中国の習近平主席が、尖閣諸島(沖縄県石垣市)に関連し、琉球(沖縄)と中国との交流について発言したことが中国共産党機関紙「人民日報」で報じられ、波紋を広げている。中国は台湾とともに尖閣諸島を「核心的利益」と主張し、情報戦・世論戦を展開している。その中で、沖縄県の玉城デニー知事は7月に中国訪問を予定しており、警戒感の乏しさが懸念される。(豊田 剛)
4日付人民日報の1面に掲載された記事では、習氏が1~2日、歴史資料を収蔵する中国国家版本館と中国歴史研究院(ともに北京市)を視察したことを紹介している。明の時代に琉球に渡った人々がまとめた「使琉球録」を職員が取り上げ、「釣魚島(尖閣諸島の中国語名)が中国に帰属することを記録した書物の初期版だ」と紹介すると、習氏は「福州市には琉球館や琉球人墓地があり、琉球との往来の深い歴史があることは知っていた。当時、福建出身の三十六姓の人々が昔、琉球に移住したことも知っている」と話した。
習氏は1985~2002年、福建省に務めた経験があり、その当時の思い出として語った。ただし、尖閣諸島を含め沖縄は一度も中国に領有されたことはない。
日本政府の尖閣諸島国有化をきっかけに中国で反日感情が高まった2013年5月、人民日報は、沖縄の帰属は「未解決」と主張し、中国に領有権があると示唆する論文を掲載したことがある。同紙傘下の環球時報は、沖縄の「独立勢力」の育成をあおる論調を展開した。
今回の記事は沖縄の帰属に触れていない。だが、中国プロパガンダに詳しい沖縄在住ジャーナリストの仲村覚(さとる)氏は、「今回の記事は、台湾と同時に尖閣諸島の帰属意識をあらわにした中国共産党の世論工作に他ならない」と危機感を強める。
人民日報の報道を受け、中国メディアは中国と沖縄の歴史について取り上げ、沖縄が日本から「奪い取られた」とする論調が目立っている。このほか、自衛隊の南西諸島へのミサイル配備計画への反対運動を紹介。日本政府が沖縄の民意に反して軍備増強をしているかのような論調を繰り広げている。
また、中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」や動画投稿サイト「ユーチューブ」では、「中国が琉球の独立を支持すると宣言した」「沖縄県副知事が駐日中国大使と面談し、沖縄の呼称を『琉球』に改名することで合意した」など、事実と異なる、捏造(ねつぞう)した中国語の動画が拡散されている。こうした動画は、4月下旬に玉城氏が中国を訪問することを発表したタイミングで作成されたものだ。
こうした中、玉城氏は7月3~6日に中国を訪問する。中国との貿易を促進する国際貿易促進協会(会長・河野洋平元衆院議長)の訪中団に同行した後、単独で福州市を訪れる。ジャーナリストの仲村氏は、「人民日報の記事掲載のタイミングは知事の訪中に合わせたものだろう。中国側が沖縄の自己決定権の獲得を支持すると表明することもあり得る」と警戒する。
人民日報の報道について質問された玉城知事は8日、「今後の交流発展に意欲を示されたものと受け止めている」とコメント。習氏については「歴史と、そこからつながっていった交流や文化について、かなり深い見識をお持ちであると受け止めている」と評価した。中国公船の尖閣諸島沖の領海侵犯はじめ領有を求める中国の狙いに警戒感が薄過ぎると言わざるを得ない。沖縄県トップが習氏ら中国側の術中に陥ることが懸念される。
人民日報が習氏の「琉球」発言を報じたことについて、松野博一官房長官は「個別の報道への回答は差し控える」と述べたが、沖縄県内では危機感がある。自民党沖縄県連のある幹部は、「知事の訪中が単なる友好で終わらず、中国に利用されるリスクがある」と述べ、県議会で追及する構えだ。