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「民意を懼れず民意を侮らず」政治評論家 髙橋利行氏


ポスト菅 宰相の条件(3)

政治評論家 高橋利行氏

たかはし・としゆき 昭和18年生まれ。中央大法学部卒。読売新聞政治部、解説部長、論説委員、編集局次長、新聞監査委員長を歴任。退社後、政治評論家。

「日本の宰相は、さしずめ巨大なタンカーの船長ですなぁ」と宣(のたま)ったのは宮澤喜一である。政治家としての評価はともかく、モノを見抜く眼力、辛辣(しんらつ)な人物月旦には定評がある。確かに、丸腰のまま危険な海域でひたすら原油を運ぶ巨大タンカーの姿はエコノミックアニマルと揶揄(やゆ)される日本そのものと言えそうである。

 保守本流を自負する宮澤の言わんとするところは、巨大タンカーは急には舵(かじ)が切れないという處(ところ)にある。幅寄せするにも方向転換するにも徐々に徐々に舵を切らなければ転覆しかねない。ちょこちょこ動ける小型船とは異質な、高度な技量が求められる。

 なにせ稀代のアイロニストの言である。すっかり小粒になってしまった今時の政治家どもに大事な舵取りを任せられるのかと皮肉を利かせて物申しているに違いない。保守本流の起点になった吉田茂、自主独立を標榜(ひょうぼう)した鳩山一郎・岸信介だけでなく、その後を継いだ池田勇人、佐藤栄作まで、宮澤の視野に入っていた政治家は誰も彼も人間味豊かで骨太だった。

 だが、滔々(とうとう)たる流れは一変する。政治改革という美名の下で小選挙区制を導入し政権交代可能な二大政党制を目論(もくろ)む動きなどは宮澤には危なっかしくて見ていられないという思いもあったに違いあるまい。

 今、宮澤も所属していた宏池会から岸田文雄が総裁選に名乗りを上げている。悠々迫らず焦らない。生き馬の目を抜く永田町でよくぞ生き延びてきたと思えるほどじれったい。それが俄(にわ)かに覚醒した。世に「男子、3日会わざれば括目(かつもく)して見よ」という。

 片や鳩山一郎政権樹立に奔走し日ソ国交回復の立役者だった河野一郎の孫で、慰安婦に旧軍の関与を認めた「河野談話」の河野洋平の倅(せがれ)・河野太郎。歯切れよく人気抜群である。縁も所縁(ゆかり)もない者には痛快極まりないが、何をしでかすか。

 これに伍(ご)して、高市早苗、野田聖子という2人の女丈夫が名乗りを上げた。どちらもなかなか手強い。今時の女性は強い。高市は宰相が、突如、退陣するという虚に付け込むように巡航ミサイル、弾道ミサイルを立て続けに発射、恫喝(どうかつ)外交を展開している北朝鮮、背後で世界の覇権を狙う中国という険しい国際情勢を見据えた主張をしている。野田は成熟した国家のアキレス腱となっている少子化などに焦点を当てている。

 勝負の行方はまだ見えない。1回目の投票では決まらないのではないかという観測も強まっている。決選投票に持ち込まれるとなると、本命・岸信介を7票差で破った石橋湛山の総裁選(1956年)が脳裏を翳(かす)める。今度も2、3位連合の話もちらつく。

 顧みれば、安倍晋三・菅義偉政権の最大の任務は、なお蔓延(はびこ)る「田中支配」に止(とど)めを刺すことにあった。岸田にしても河野にしても、及び腰ではあるが、田中角栄の残滓(ざんし)を一掃しようとしている。コロナ禍で増幅された政治不信を抱え「民意の審判」を受けるには戸惑いもあろう。誰が総裁になろうと、まず政治への信頼を取り戻さなければ国の将来が危うい。民意を懼(おそ)れず民意を侮らず。民意は愚かではない。

(敬称略)

(談)

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