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「有事対応は1丁目1番地」元内閣官房副長官補 兼原信克氏


ポスト菅 宰相の条件(1)

有事対応は1丁目1番地

 自民党総裁選挙は、河野太郎規制改革担当相、岸田文雄前政調会長、高市早苗前総務相、野田聖子幹事長代行の4人で争われ、実質的に後継首相を決める投票が29日に行われる。覇権主義的な動きを強める中国や新型コロナへの対応など難問山積の中、「宰相の条件」を識者が語る。

元内閣官房副長官補 兼原信克氏

 かねはら・のぶかつ 昭和34年、山口県生まれ。東大法学部卒。駐米・駐韓公使、外務省国際法局長、内閣官房副長官補兼国家安全保障局次長など歴任。現在、同志社大特別客員教授。著書に『安全保障戦略』(日本経済新聞出版)など。

 冷戦時代の総理は、永田町(国会)だけ仕切っていればよかった。政策形成は霞ケ関(官僚)に丸投げされていた。今は政治主導の伝統が復活し、総理は役人にも言うことを聞かせないといけない。最近はSNSなどの発達で、国民と直接話し合い、説得できないとリーダーになれなくなった。当たり前の民主国家になったのだ。

 小泉純一郎と安倍晋三は信念をもって国民を説得することができた。もちろん国民の意見が割れることもあるが、コアサポーターは付いてくる。国民の支持があるから党や官界が言うことを聞く。その代わり、反対派からはものすごく批判される。滝つぼにいるような批判だ。それで心が折れる人は総理に向かない。国民は、戦う明るい総理を見て付いてくる。

 国のリーダーの基本は国民を守り、国を発展繁栄させ、皆が信じる価値観を守る。この三つだ。特に重要なのは、民間では絶対できないこと、つまり国を守る戦争と災害への対応だ。

 危機管理のカギは事が起こる前にいかに準備するかだ。スポーツと同じで、座学をやってもダメ。常に訓練しておかないといけない。段取り8割である。

 日本政府は阪神・淡路大震災の時に大失敗したので、災害に対しては結構強くなった。内閣官房の事態室が、警察、自衛隊、消防団、海上保安庁、建設省の地方局や自治体の防災チームなど、指揮系統が違う組織を統括している。地震チームは慣れているので迅速に動ける。

 だが、新型コロナウイルス感染拡大への対応は、一応、法律はあって官邸にパンデミック専門のチームもあるが、SARS(重症急性呼吸器症候群)程度を想定した組織で、パンデミックに対応する組織も、計画も、訓練もなかった。

 それ以上に準備ができていないのが戦争だ。戦争と言うだけでマスコミや野党に叩(たた)かれるため、政治家も政府もずっと逃げ回ってきた。だが、練習していないチームが勝つことはあり得ない。

 中国は台湾有事に踏み切れば台湾の一部と言っている尖閣も取りに来る。いったん衝突が起きると、中国は海軍も海警も民兵も人民解放軍の指揮下にあるので、自由自在に動かしてくる。一方、日本は平時と戦時の切り替えの際に、海保と海上自衛隊を入れ替えることになっている。しかし実際はグレーな事態が多いので難しい。海保は国土交通大臣の所管で、自衛隊は防衛大臣の所管だ。外務省も絡むので、官邸がさばかなければならない。

 海保と自衛隊、それに外務省を並べて、台湾有事の初動でどう動かすかということを予(あらかじ)め考えておかなければ、とても対応できない。常日頃から最悪の事態に備えて自分は何をすべきかということに頭の回る総理でないと困るのだ。有事対応は、総理の1丁目1番地である。

 アフガニスタンの現地スタッフ退避失敗の最大の問題は「安全な空港に行け」と書いてある法律にある。浮世離れしている。本当に安全なら民航機が行く。戦争になったら誰も行けない。戦争未満、平時以上における安全とは何か。それは自衛隊の最高指揮官である総理が決断する問題である。「今、何が一番大事か。自分が預かっているのは命であり法律ではない。命を守れないなら法律を変える」と考えられる人でなければならない。

 外交の重さが分からず、国内向けに受けのいいことを言って外交を犠牲にする政権は必ず失敗する。短命政権になる。普天間基地を「最低でも県外」と言い続けて日米関係をぐちゃぐちゃにしたのがその典型例だ。

 日本政府は大きいから、誰がどう動いているか分かるようになるまで3年以上かかる。自分がやりたいことを明確に持ち、総理になった瞬間からものすごいスピードで動かないと、何もできずに終わってしまう。国民が求める結果を残すためには、自分を支える官僚や政治家のチームを持つことが必要だ。(敬称略)

(談)

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