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国家主権意識が希薄な日本


《ナショナリズム再考 「ハゾニー主義」を読み解く(下)》

九州大学教授・施 光恒氏

ハゾニー氏は、欧州諸国が安全保障を米国に依存することで国家の独立や主権の意識が希薄化していると指摘しているが、これは日本にもぴったり当てはまる。

施 光恒氏

 

 全くその通りだ。尖閣諸島問題では、日本の保守と呼ばれる政治家でさえも、米国は尖閣を守ってくれるのかという話ばかりだ。自分たちで守ろう、自主防衛力を蓄えていこうという議論がほとんどない。これは由々しきことだ。国家の安全を自分の問題として考えることができなければ、独立や自立は守れない。

日本の政治指導者は本書から何を学ぶべきか。

 グローバリズムは帝国主義の一種であると認識してもらいたい。繰り返しになるが、グローバリズムの反対概念は鎖国や孤立主義ではなく、国際主義だ。グローバル化路線は早晩行き詰まる。本書を通じ、ポスト・グローバル化の日本の針路を広い視点から考えられるようになってほしい。

 ハゾニー氏によれば、家族、氏族、部族というつながりの中で国民国家が生まれる。つまり、国民国家とは連帯の源泉、相互扶助の組織でもあるのだ。防衛や福祉などの共同事業は、国民国家であるからこそ成り立つ。福祉制度は国民相互の助け合いに基盤を置いており、ナショナリズムがなければ成り立たない。

 リベラル派が強調する平等も、実は国民国家を基盤にしなければ実現できない。民主主義の多数派がなぜ少数派の声を聞かなければならないのかといえば、それは同じ仲間だからだ。相互の連帯意識があるからこそ、少数派の声に耳を傾けることができる。

 つまり、ナショナリズムが自由民主主義の基盤であるのだ。保守と呼ばれる政治家でさえも、愛国心について語ることに後ろめたさを感じてしまうのが戦後の日本だ。本書で理論武装し、国家や愛国心の大切さを自信を持って語ってもらいたい。

ハゾニー氏の定義を当てはめれば、中国は国民国家ではなく、強権で統治する帝国と言えるが、中国はこの政治秩序を維持できるのだろうか。

 中国は大陸国家だ。大陸国家は人の移動が活発で多様性が高く、まとまりがない。孫文が「中国人は砂のような民族」と述べた通りだ。海洋国家の日本や欧米のように中間共同体によって自生的に秩序がつくられる伝統がないため、中国は強権的、中央集権的な帝国秩序しかつくることができない。

 最近の中国は「デジタル権威主義」、つまりデジタル技術を使って低コストで効率の良い管理主義国家をつくることで、秩序を保っている。だが、ウイグルやチベットのように少数民族の不満が高まっている。また、経済成長が止まれば、一緒にいれば豊かになれるという理由で何とかまとまっていた国民がバラバラになる可能性が高い。長期的に見ると、中国の政治秩序はやはり不安定だ。

 一方で、自由世界でも帝国主義的、権威主義的傾向が強まっている気がする。米国ではトランプ前大統領のツイッターアカウントが閉鎖されたり、トランプ支持者の発言が制限されたりしている。

 グローバリズムによって家族や地域共同体が破壊され、また移民を大量に受け入れたことで自生的な秩序が維持できなくなっている。自由世界も大陸国家化しつつある。

 自由民主主義と最も相性が良いのは、実はグローバリズムではなく、ハゾニー氏の言う「多数の国々からなる世界」なのだ。自由世界は自由民主主義とは何であるかを見直し、権威主義国家の中国とは違うことを再度自覚する必要がある。

(聞き手=編集委員・早川俊行)