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小笠原諸島に聖火、日本復帰後初の東京五輪


母島出身の中学生「成長した姿を見せ島民に恩返しを」

小笠原諸島に聖火、日本復帰後初の東京五輪

東京都小笠原村の母島で聖火ランナーを務める鮎川琉生さん=4日午後、東京都墨田区(時事)

 聖火リレーは16日、東京都心から約1000キロ離れた小笠原村に入る。1968年に日本へ復帰した小笠原諸島にとって、今回の東京五輪は初めて自国開催される大会として歴史に刻まれる。母島で走るのは東京都墨田区の中学2年鮎川琉生さん(13)。「サッカー留学」で中学から島を離れた鮎川さんは、「育ててくれた島民に成長した姿を見せたい」と恩返しを誓う。

 父島、母島などから成る小笠原諸島は終戦後、米軍統治下に置かれた。復帰前だった64年東京五輪のニュースは、島にはほとんど伝わらなかったという。

 聖火ランナーを務める鮎川さんは、戦争に翻弄(ほんろう)された小笠原の歴史について、島の人々から聞いて育った。「歴史も自然も豊かな場所。聖火が島を走ることで、外の人が小笠原を知るきっかけになればうれしい」と話す。

 「サッカーを学びたい」との思いから、母島小学校を卒業した2020年春に墨田区の中学校へ転校した鮎川さんは、ジュニアユースチームで練習漬けの毎日を送っている。

 転校直後は新型コロナウイルスの影響に振り回された。休校のため友達ができず、クラブでの練習も制限。電車の乗り継ぎもままならない生活が続いた。鮎川さんは「都会は時の流れが速く、心が休まらなかった」と振り返る。

 そんな時に思い出されたのは、応援してくれる島民の姿だった。小学生の頃、母島や父島で開かれたマラソン大会で軒並み優勝した鮎川さんは、大人を追い抜いてゴールすることもあった。母親の奈津子さん(52)は「島の人たちがこぞって沿道に見に来てくれ、『きょうも良い走りっぷりだった』と褒めてくれた」と話す。

 当時の健脚ぶりを知る島民には、「またあの姿が見られる」と聖火リレーを心待ちにする人もいるという。鮎川さんは「お世話になった島の人に、母島の代表として走る姿を見せたい」と意気込んでいる。