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「本草漢学塾」跡の土蔵に重文級資料が数万点


西南戦争の暗号表・道真写経も、京都で発見

「本草漢学塾」跡の土蔵に重文級資料が数万点

徳川慶喜が官軍に江戸攻撃の中止を求めた哀訴状(松田清京都外大教授提供)

「本草漢学塾」跡の土蔵に重文級資料が数万点

西南戦争で岩倉具視が使った暗号表(松田清京都外大教授提供)

 平安から明治時代の古文書や書画、動植物の博物標本など数万点に及ぶ貴重な資料が、京都市内の土蔵で見つかった。調査した松田清京都外国語大教授(日本洋学史)が3日発表した。1877(明治10)年の西南戦争で明治政府のナンバー2だった岩倉具視が使った暗号表や、菅原道真の直筆とみられる写経など重要文化財級の資料が多数含まれているという。

 資料が見つかったのは、1786年から120年近く続いた本草漢学塾「山本読書室」跡(京都市下京区)に残る土蔵。山本家が代々収集してきた資料とみられる。

 岩倉の暗号表は大小2枚の円盤の周りにカタカナが書かれ、小さい円盤を回して文字を変換する。西南戦争当時、岩倉の秘書だった山本復一が岩倉の破棄命令に反し、保管していたという。

 また、西南戦争に士族を徴兵するかどうかをめぐる政府内の混乱や、鎮圧軍トップの職を狙う木戸孝允と大久保利通の争いなど、当時の権力構造が読み取れる秘密通信文61通もあった。

 菅原道真の直筆とみられる写経は、漆塗りの箱に厳封されていた。このほか1868年に徳川慶喜が江戸攻撃の中止を求めた直筆の哀訴状や、藤原定家直筆の書、源氏物語の写本などもあった。

 松田教授は「江戸時代の学問はいろいろな分野の知的関心を広め、基礎的教養として身に付ける。今回の資料はそれを非常によく伝えている」と話している。