世界日報 Web版

発明の原動力


人の困っていることに着目

大和システムズ取締役会長 佐藤 克男氏に聞く

 大和システムズの佐藤克男取締役会長は、世界で初めて歌碑の前で歌が流れるシステムや節水機能付きの音楽が流れる女性トイレ用の「シャワー・ロボ」などを生み出した発明家だ。新たなものを生み出す原動力や日々の仕事に懸ける信念について尋ねた。
(聞き手=石井孝秀)

新たなもの生み出す知識と探求心
社員は褒めて育てる

さとう・かつお 昭和24(1949)年11月、北海道森町生まれ。43年、道立森高校を卒業後、東京の会社に入社。53年に企業を興す。59年、社団法人倫理研究所横浜市倫理法人会に入会。平成20年10月、北海道森町町長に就任(24年まで)。26年、システムジャパン・エナジー設立(31年に社名を大和システムズに変更)。

さとう・かつお 昭和24(1949)年11月、北海道森町生まれ。43年、道立森高校を卒業後、東京の会社に入社。53年に企業を興す。59年、社団法人倫理研究所横浜市倫理法人会に入会。平成20年10月、北海道森町町長に就任(24年まで)。26年、システムジャパン・エナジー設立(31年に社名を大和システムズに変更)。

これまでさまざまな発明品を残しているが、どのような意識で発明に取り組んできたのか。

 これまでの世界になかったものを開発しようという意識をずっと持っていた。特にニーズがあるかどうか、例えばみんなが困っていることがあれば、そこに目を付ける。

 シャワー・ロボを開発した当時は水不足の問題が注目を集めていた。調べてみると、女性が使う水の量は多く、1人6~8リットルでいいところを20~30リットルも使っていた。なので、トイレに入ると音楽が流れ、用を足すと自動で水が流れるシステムを考えた。

 このようにまず最初に調査をし、技術的に可能だと判断してから開発に取り掛かっている。

現在、佐藤会長の会社では箱根駅伝やホノルルマラソンなど、さまざまなコースをバーチャル体験できるランニングマシン「バーチャルソン」の販売や選手育成などの事業に力を入れている。

 20年以上前に順天堂大学の長距離選手が箱根駅伝に向けて練習中、トラックにひかれて死亡する事故が起きた。ある大学から相談を受けたことがきっかけで、選手たちが安全に練習できるようにとバーチャルソンをつくった。

 スタートとともに選択したマラソンのルートの映像がランナーの好みの速度で映し出され、下り坂や上り坂に差し掛かると実際の道と同じ傾斜を再現する。スピードに合わせた向かい風も体感できるなど、室内で安全に練習しながら、より実際のコースに近いトレーニングを行える。

 当時はテープがVHSで、映像の再生速度を自由に変えることができず、また画面のブラウン管も大きかったため開発が難しかった。しかし、時代とともに技術力が進み、実現が可能になった。やろうと決めたら最後まであきらめないことが大切だ。

靖国神社に奉納されたさざれ石

靖国神社に奉納されたさざれ石

現在、新たに開発しているものは。

 近年、視覚障害者が自動車事故に遭ったりホームから落ちたりと不幸な事件がクローズアップされている。そういった人たちが安全に目的地へ向かえるよう、歩行サポートシステム「愛NAVI」の開発を進めている。

 カメラ付きの眼鏡を通じて遠隔地にいるナビゲーターが誘導するシステムで、骨伝導イヤホンにより耳をふさがず情報を伝達できる。将来的にはAIによるナビゲーションを視野に入れており、大学などの研究機関との連携を進めている。

仕事に取り組む上で、大事にしていることは。

 仕事は量をこなさなければ、その分野に精通したビジネスマンにはなれない。政府が進めている働き方改革は楽をさせることばかりで、本当の意味で働く人が幸せにはなれない。

 私は社員に会社のためではなく、家族を幸せにするために一生懸命働けと言っている。何のために働くか目的を明確にすべきだ。同じ労働でも、やらされてやるのと自分から進んでやるのとは全く違う。目的を明確に、自ら進んで仕事をやる人は死ぬ気で頑張っても絶対に死なない。

社員との接し方で、褒めることを重視していると聞いた。

 褒めることがマネジメントの基本だ。私は少しでも褒めるところがあれば褒めるようにしている。例えば、新型コロナウイルスの感染拡大で、殺菌用に次亜塩素酸水の販売もしているのだが、社員がその消毒液の注文を一つでも取ってくるならば、そのことを褒め、励ましている。そうすると、またその社員が実績を出してくる。人間は褒められて認められれば、一生懸命やるし結果も付いてくる。

 反対にクレームがあれば、天の声と思って受け止めるべきだ。これを隠すようなら叱らないといけない。長所や短所は誰にでもあるが、いいところを伸ばしつつ、同じ間違いを繰り返さないよう心掛けている。

新しいことを生み出すために必要なことは。

 知識と探求心をどれだけ持つかだ。私の場合、若い時にそれらを身に着ける機会を持つことができた。

 東京に出てきたのは高校を卒業してからすぐだった。大学に行くために電気関連の仕事に就いたが、ある時現場で顧客から技術的な質問をされて答えることができず、ものすごく恥ずかしい思いをした。

 その後、本屋で本を3冊買い勉強に励んだ。そうして半年もすると、本に書いてあることをほとんど全て理解するようになり、「もう大学に行く必要はないな」と感じた。社会人2年目くらいで大学卒業くらいの知識はあったと思う。

 一つの仕事を終えると達成感があり、やがて10年経(た)ったら独立しようと目標を立て、先輩たちよりも仕事に取り組んだ。おかげで多くの経験を積むことができ、今の自分がある。

今後の目標は。

 もっと多くの人が喜び、世の中の役に立てることがしたい。私が生まれたのは1949年だが、自分が生きてきた足跡を残したいという強い思いをずっと抱いていた。

 発明以外でも、靖国神社にさざれ石を奉納させていただいたことがあったが、これも同じ気持ちによるものだ。死ぬまでに子孫が「あの人はあの時、こういうことをやった」と胸を張って誇れることをたくさんつくりたい。