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産業革命遺産、アジア産業化の原点知ろう


 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会で、曲折を経てではあるが、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の世界文化遺産登録が決定した。

 日本の世界文化遺産としては15件目、自然遺産を含めると19件目となる。登録決定を喜ぶとともに、その世界史的意義に改めて注目したい。

 非西洋地域で初めて成功

 「明治日本の産業革命遺産」は、幕末から明治にかけての日本の工業発展をたどるもので、8エリア23件で構成されている。静岡県伊豆の国市の韮山反射炉、「軍艦島」の通称を持つ長崎市の端島炭坑、北九州市の官営八幡製鉄所などが含まれる。

 ユネスコの諮問機関、国際記念物遺跡会議(イコモス)は5月、「わずか50年余りで急速な産業化を達成した。非西洋地域に初めて産業化の波及が成功したことを示す」と高く評価し、登録を勧告した。勧告理由の意味するところは重要だ。日本だけでなく、現在世界の成長の牽引(けんいん)役となっているアジアの産業化の原点があると言っても過言でないということである。

 明治日本が殖産興業政策によって産業化に成功するまで、西洋列強にとってアジアは、原料調達先と販売市場でしかなかった。その後、不幸な戦争の時代を挟むものの、アジアはいまや世界の工場としての揺るぎない位置を占めるに至っている。

 西洋の産業文明と接した時期に関しては、日本が特に早かったわけではない。それがどうして当時、日本だけが近代産業の育成に成功したのか。江戸時代からすでに教育が普及し、科学的思考の素地があったこと、知的好奇心の強さ、さらには外来文化への寛容さなどなど、様々な要因が指摘されている。いずれにしてもこれは、非西洋諸国の歴史家や政治家、知識人にとって大きな関心の的であった。

 その一方で、この日本史、そしてアジア史、世界史の重大テーマについて、日本人自身が、まだまだ認識不足のように見える。世界遺産登録を機に、施設を訪れる観光客は増えるだろう。訪れた人々には、これら遺産群の世界史的意義や先人たちの苦労に思いを致してほしい。

今回の決定については、委員国の韓国が「施設の一部で戦時中に朝鮮半島出身者の強制徴用があった」と主張。原則全会一致が通例のため、日韓間でぎりぎりまで折衝が続けられ、日本側が譲歩。佐藤地ユネスコ代表部大使が、登録決定の演説で「朝鮮半島の多くの人々が意思に反して連れて来られ、働かされたことへの理解を進める」と述べ、情報センター設置などを進める考えを表明した。

 岸田文雄外相は「韓国政府は、請求権の文脈において利用することはないと理解している」と語ったが、今後火種となる懸念は残る。しかし遺産群に関しては、あくまで史実に立脚すべきで、その全体像のバランスを失することがあってはならない。

 本質的価値の紹介を

 韓国との折衝で、一部施設の「負の歴史」に焦点が当たった観があるが、この遺産群がアジア産業化の原点となったという本質的価値を前面に出し、国内外に紹介していくべきである。

(7月7日付社説)