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国際基準に沿った集団的自衛権の解釈是正を


 集団的自衛権の憲法解釈是正をめぐって、自民党内で「限定容認論」が支持を広めている。自衛権の行使は「必要最小限度」にとどめるという現行解釈を踏まえ、集団的自衛権の一部行使を容認しようとする妥協案である。

 だが本来、高度の政治判断に委ねるべきことを法解釈で事前に制限しようとした55年体制下の不毛な論議の再燃になりかねない。

 自民で広がる「限定容認」

 この妥協案は「米国の戦争への協力に道を開く」「地球の裏側にまで行って戦争をするのか」等の煽動的な反対論に対応したものである。理のある反対論ならば妥協も必要だが、この種の反対論は、妥協によって一層強まること請け合いである。

 集団的自衛権をめぐる議論の際にまず承知すべきは、これが国際社会の概念であり、日本が勝手に変更してはならないという点だ。

 だが、従来の政府・法制局の解釈では、日本に関係の深い国への攻撃を「自国への攻撃とみなす」という最重要な点が欠落していた。

 つまり、その攻撃の刃は、次には自国に及んでくる公算が大であるからこそ“自衛”なのだという点が分かりにくい説明になっている。これが誤解を生むだけでなく、煽動の論拠として悪用されている。それ故、この解釈を国際基準に従って是正することが不可欠だ。

 第二に承知すべきは、自衛権行使はそれが例外的に容認される寛恕(かんじょ)であるが故に、個別的、集団的ともに、一般国際法上で大きな制約がある点だ。武力行使の際には、直面事態の緊要性、侵略国の攻撃態様への比例性が求められるほか①武力紛争法(戦時国際法)の遵守②原状復帰を超えての行使の禁止―などが課せられている。

 このほか国連憲章51条で、他国による武力行使がある時、国連が侵略排除のための必要な措置を取るまでの間、自衛権行使理由の安保理への報告という制約を設けている。「ニカラグア事件」で国際司法裁判所が下した判決では、集団的自衛権行使について被軍事支援国の要請が不可欠との判断を示している。

 しかし、欧米の多くの有力学者は被軍事支援国の要請は不必要と見ている。それに留意すべき点は、集団的自衛権に基づく武力行使の範囲は、自国の安全への関わりの度合いによって決まるのであって距離ではないということだ。武力行使は被支援国のためよりも、自国の安全確保に比重を置いたものであるからだ。

 国際情勢は不確定要因が多いこともあって、事前に予測することは極めて困難である。それに相手国が予想していない手段、機会を念頭に攻撃を加えるのが戦略・戦術の常道である。その一方、実定法は硬直性が避け難い面がある。

政治判断に基づく行使を

 このように見てくると、その事態が自国にどのような安全上の不利益を及ぼすか、それにどう対応するかは、法律や法解釈上の問題ではない。優れて高度の政治判断を要する問題なのだ。政治家はこの判断から逃避してはならない。

(4月9日付社説)