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昭和の日 リーダーは激動の時代に学べ


 きょうは昭和天皇の誕生日、昭和の日である。激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす日であるが、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)という国難に直面する「国の今」を考えざるを得ない。とりわけ危機に対処するリーダーの在り方が問われている。

危機対応能力が不足

 日本は米国やインドなど他の国々と比べれば、新型コロナの感染者数や死者数、その人口に占める割合は決して高いものではない。経済や国民生活への悪影響も世界の中で突出しているわけではない。しかし、それは必ずしも政府の対処がうまくいったからとは言えない。日本人の協調性や忍耐心によるところが大きい。

 わが国での感染対策は、憲法に緊急事態条項がないため、ロックダウン(都市封鎖)など強制的な手段は取れない。基本的には国民に協力を要請する以外にない。政府にとって感染防止と経済活動の両立という難しいかじ取りであることは確かだ。しかしもう少し迅速で強力な対策を取っていれば、状況は変わっていたかもしれない。

 政治的な意思決定に時間がかかること、行政がスムーズに機能しないことは、繰り返し指摘されてきたが、それらは「平時」のことであった。しかし今回、検査体制の不備、感染患者を受け入れる病床の不足、ワクチン接種の遅れなど、国民の命に関わる問題に直面し、その欠陥の深刻さを認識させられた。危機に直面した時、迅速、的確、時には臨機応変に対処する能力が極めて弱いということが白日の下に曝(さら)されたのである。

 将来、外国によるわが国領土への侵略など、一層大きな国難に直面する可能性は低くない。このような時、指導者が迅速に毅然(きぜん)と対処できるのか。新型コロナで曝け出されたわが国の危機対応能力の不足という現実を深刻に受け止め、国難が襲った時、迅速、的確な対応が取れる体制を備える必要がある。

 菅義偉首相は3度目の緊急事態宣言発令の際、ワクチンの承認を迅速化したり、国の権限で病床確保を進めたりするために「緊急事態の際の特別措置をつくらなければならない。平時に法律をつくっておきたい」と述べた。コロナ以外の緊急事態も想定した法の整備を必ず実行してもらいたい。

 昭和天皇は日米開戦に反対であったにもかかわらず、立憲君主としての憲法上の慣例を守られ、開戦を止めることができなかった。御前会議で「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」の明治天皇の御製を読み上げられ、御真意を吐露される他なかった。

 しかし終戦の際は、これ以上戦争を続ければ日本民族の滅亡につながると考えられ、異例の「御聖断」で戦争終結を決められた。「統治権の総覧者」としての責任、国民の父母の立場から御聖断を下されたのである。

責任感と覚悟が問われる

 危機に臨んで的確な判断と行動をするには、もちろん法的な裏付けの伴う政治体制が不可欠だが、最後に問われるのはリーダーの責任感と覚悟である。昭和の国難から学ぶことは多い。