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中村さんの遺志、平和なアフガンを諦めない


 戦乱の地、アフガニスタンの平和と安定のために身命を捧(ささ)げて活動を続けてきた日本人医師で民間活動団体「ペシャワール会」現地代表の中村哲さんが殺害された事件は、日本や現地の人々に衝撃を与え深い悲しみに陥れた。
 国連のドゥジャリク事務総長報道官は、中村さんの殺害を「アフガンの市民を助けることに人生の大半を捧げた人に対する無差別の暴力行為」と非難した。中村さんの遺体は福岡空港に無言の帰国をした。改めて哀悼の意を表したい。

武装集団の計画的テロか

 中村さんはナンガルハル州の州都ジャララバード近郊で、用水路工事現場に車で向かう途中で武装集団に銃撃された。一緒にいたアフガン人の運転手や護衛ら5人も殺害された。

 現地の目撃者の話では、武装集団は警備員を撃った後、運転手と中村さんを撃った。中村さんは毎日午前7時~8時ごろに宿舎を出発していたが、武装集団は中村さんに狙いを定め、事前に情報を集めて計画的な待ち伏せテロに及んだとみられる。

 アフガンでは11月から過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討作戦が進む一方、ISが反転攻勢に出る可能性が指摘されている。米国の攻撃で一度崩壊した旧支配勢力タリバンもその後、勢力を回復してテロを行っている。中村さんが活動していたのは、タリバンが影響力を持つ地域だった。

 武装集団は外国の支援を受けるアフガン政府に打撃を加えるため、外国人排除を狙った可能性が高い。これまでも国連職員を狙ってテロを行ったりしてきた。中村さんは自身を捧げ、アフガンのために生きた人だ。こうした人物をテロの標的にすることに強い憤りを覚える。

 中村さんは1984年、パキスタン・ペシャワールの病院に赴任。91年にはアフガンに診療所を開設した。2000年に旱魃(かんばつ)が深刻化すると、活動の中心を医療支援から灌漑(かんがい)事業や農業支援に転換した。水不足で子供たちが汚れた水を飲んで感染症にかかったり、栄養失調になったりする現状を実見して「飢えは薬では治せない」と考えたからだ。「砂漠を緑に」を目標に、アフガンの住民らと農業用水路を建設して計約1万6500㌶の農地に水を供給し、65万人の生活を支えてきた。

 医師の枠を超え、こうした活動をしたのは、現地の人々に最も必要なことを考えたからであり、アフガンへの無償の愛であった。そのことを誰よりも現地の人々が知っていた。彼らが示す中村さんへの感謝と深甚な哀悼にそれが表れている。

 イスラム過激勢力によるテロの根本的な解決には、人々の生活の安定が不可欠だ。中村さんの活動は、テロの温床をなくす戦いでもあった。

政府は民間の有志支援を

 善意の外国人をも標的にするテロに屈して、アフガンの平和を諦めてはならない。中村さんの遺志を受け継いで平和と安定を実現するために、その先頭に立つ民間の有志たちに政府は安全面その他でどう支援していくべきかを考えてほしい。アフガンを再び、テロリストの温床にしないためにも。