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「減憲」からの改憲論 89条と9条2項の削除を


戦力・私学助成に理解

 安倍総理は、昨年、「『今の憲法解釈のままで国民の命と暮らしを守り抜くことができるかどうか、という問題に向き合わないのは、内閣総理大臣として不誠実だ。』私はそう考えます」と述べた(「日本国民の皆様へ」『安倍晋三ホームページ』2014年7月11日)。

 フランスで大規模なテロが起き、今、国際情勢は大きく変化している。安倍総理に課せられた歴史的な使命は、憲法を改正し、自身の政治的な信念を貫徹することにある。

しかし、戦後、一度も憲法が改正されなかった事実に鑑みるならば、憲法改正のハードルは、想像以上に高いのである。日本共産党などの反対勢力は、平和安全法制への抵抗姿勢を考えれば、侮れない存在である。

そこで、公明党が環境権などを憲法に加える「加憲」という立場であるならば、私見の立場は、現憲法の不要な箇所を削除する「減憲」という立場に立つのである。

減憲の立場は、加筆修正を行わないため、内容面に立ち入らない。そのため、内容面における賛否で紛糾することはない。したがって、合意形成がしやすい、という長所がある。

また、日本国民にとって、戦後、初の憲法改正である以上、不安を取り除く、という側面にも期待が持てる。

最近、私見と同じ見解である伊藤憲一氏の提案を読む機会があった。伊藤氏は、「改憲を実現するためには、改憲のための戦略が必要です。ただ漠然と改憲を口にするだけでは、目的を達成できません。国民投票に対する最初の改憲提案の内容が重要です。私は、一括全面改正は改憲論者の自殺行為であると考えます」(「改憲のための三点セットを提案する」『日本の息吹』平成27年11月号、日本会議)と述べる。私見も、一点を除き、伊藤氏に同感である。

私見では、改憲派の中には、理想的な改憲論を主張する者が多いと感じる。そのため、憲法改正ができなかった、と考えている。

続けて、伊藤氏は、「第一に憲法八九条の削除、第二に第九条第二項の削除、そして第三に第九六条の改正の三点セット」(同上)を主張する。

私見は、89条の私学助成の禁止、戦力不保持を定めた9条2項の削除に関しては、賛成の立場である。96条については、反対の立場である。

まず、89条に関しては私学への補助金などは憲法違反という主張は以前からあった。ならば、憲法改正で削除をすれば、憲法違反という疑念が晴れる。したがって、支持は得られやすい。

次に、9条2項の削除に関しては、私が『オピニオン』(平成27年9月11日)で紹介した井上達夫氏(東大教授)が、早くから主張していた考え方である。

残念ながら井上説は、リベラル派は当然としても、保守派からも支持が得られないどころか、黙殺状況にある。しかし、『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』の書評や、井上氏自身のインタビュー記事などが多く紹介され、ようやくメジャーな説になりつつある。

政治家では、前原誠司氏が、9条2項削除論の立場に立つのである(「先ずは9条2項を削除してから」『諸君』2000年6月号)。

9条2項削除論は、従来の憲法9条議論と比較すれば、国会でも、あるいは、国民的にも理解が得られやすい考え方かと思われる。

「改正」は便乗させるな

 最後に、96条も削除して、今後の改憲のハードルを下げようという案については、私見では反対である。なぜならば、初めての憲法改正を問う発議において、改憲のハードルが高いので、この際、「減憲」に便乗しようという発想に、反対なのである。

国民投票があるにしても、憲法の改正と法律の改正を同レベルに落とすことには、国民レベルでは反対者が多いかと思われる。

私見を復唱すると、89条と9条2項の削除を、憲法改正として訴えることが、現実的な戦略手段かと考えている。