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沖縄県における「憲法」 占領憲法適用の根拠なし


ボン基本法と東独の例

 沖縄県に、「日本国憲法」(占領憲法)が適用されるとする憲法上の明確な根拠がないことは、余り知られてゐない。また、今日は、沖縄が昭和四七年に「本土復帰」した日であるとして、沖縄県民は勿論、国民の殆どが洗脳されてゐるが、これにも大きな疑問がある。サンフランシスコ講和条約は、トカラ列島、奄美諸島、小笠原諸島、沖縄列島、北方領土が分断されたままの日本本土だけの「分断国家」である本土政権と連合国との間で締結されたのであつて、しかも、本土政権だけで制定されたとする「日本国憲法」が、どうして「本土復帰」後の沖縄に自動的に当然の如く適用されるのかといふ素朴な疑問に誰も答へられてゐない。西ドイツのボン基本法が、東ドイツには適用されず、統一ドイツの新たな憲法が制定されることになつた国際法上の常識が、本土と沖縄の関係には全く適用されないといふ不条理がここにある。

 ポツダム宣言の受諾と降伏文書の調印は、帝国憲法一三条の定める、宣戦から停戦、講和に至るまでの一連の戦争に関する外交大権に基づくもので、この権限は、占領憲法九条二項後段で否認されてゐる「交戦権」のことであり、アメリカ連邦憲法の戦争権限(War Power)と同じものであるから、交戦権が認められてゐない占領憲法では、講和条約以外の一般条約は締結できても講和条約を締結して独立することはできない。なぜならば、講和条約第1条「(a)日本国との各連合国との間の戦争状態は、…この条約が日本国と当該連合国との間に効力を生ずる日に終了する。」とあるので、「戦争状態」を終了させるのは、まさに交戦権の行使だからである。従つて、本土政権の分断国家が独立できたのは、帝国憲法一三条によるもので、今のこの時点でも帝国憲法は現存してゐるのである。

 大日本帝国憲法が適用され、大日本帝国の領土の一部であつた沖縄は、我が国が、沖縄も含めた全域においてポツダム宣言を受諾して降伏文書に調印する以前の昭和二〇年四月一日に米軍の上陸を受け、同月五日からは、米軍の「直接統治」が開始された。しかし、ポツダム宣言が「間接統治」を原則とすることから、沖縄においても沖縄県庁の代用として沖縄諮詢会が設置され、それが沖縄民政府へと移行したとしても、キャラウェイが「沖縄住民による自治は神話に過ぎない。」と言つたやうに、本土政権で憲法改正手続がなされ講和独立したことは、これとは別の分断国家である沖縄県には無関係なことであつた。

 GHQ占領下で帝国議会の衆議院が解散されて総選挙がなされたが、帝国議会の衆議院議員定数四六八名のうち、沖縄県(定数二名)では選挙が施行されなかつた。沖縄を除く本土だけでの帝国憲法改正手続がなされたのであるから、大日本帝国の分断国家である沖縄県には占領憲法が当然に適用される理由がないことだけは確かである。

現在も帝国憲法が適用

 現在も沖縄に適用される「憲法」は、占領憲法ではなく帝国憲法なのである。「本土復帰」ではなく、本土政権と沖縄政権との分断国家同士が「対等」の立場で国家併合手続と帝国憲法改正手続が改めてなされなければならないのに、これが未だ実現してゐないことが沖縄の根本問題であることを自覚しなければならない。