脅かされる米国の信教の自由 「祈り」で高校コーチを解雇

グラウンドで片膝をついて祈るジョセフ・ケネディさん(第一自由研究所提供)

編集委員 早川 俊行

米国の重要な建国の理念である信教の自由が重大な局面を迎えている。

西部ワシントン州の元海兵隊員ジョセフ・ケネディさん(52)は、2008年に地元公立高校のアメリカンフットボール部コーチを引き受けてから、試合終了後にグラウンド中央で片膝をつき、神に祈りを捧(ささ)げることを習慣にしていた。勝敗にかかわらず、試合が無事に行われたことを神に感謝したかったからだ。

最初は一人で祈っていたが、一部の選手が一緒に加わることもあった。決してケネディさんが強制したわけではない。選手たちが自らの意思で祈るようになったのだ。

ケネディさんはこの習慣を7年間続けていたが、関係者から苦情が出たことで状況は一変する。生徒や観客がいる前でコーチが祈ることは政教分離の原則に違反する恐れがあると判断した学区は15年、ケネディさんにグラウンドではなく学校施設内で隠れて祈るよう要求した。これを拒否したケネディさんは停職処分になり、最終的に解雇されてしまった。

ケネディさんは学区を相手取って訴訟を起こしたが、連邦地裁、高裁ではいずれも敗訴。現在、最高裁で審理が行われている。

米国では、キリスト教の伝統が左翼勢力の激しい攻撃にさらされているが、最高裁判決は公の場での祈りが権利として擁護されるのか、社会から排除されてしまうのか、重大な分岐点となる。アメフットは米国の国技ともいえる人気スポーツなだけに、判決が及ぼす影響は大きい。アメフットを舞台に信教の自由が否定されたとなれば、公の場から宗教的伝統がますます削り取られていく恐れがある。

そもそも左翼勢力はなぜ、宗教を敵視するのか。米国で注目を集める黒人の女性保守派活動家、キャンディス・オーウェンズ氏は、最近邦訳版が出版された著書『ブラックアウト』(方丈社刊)で次のように指摘している。

「神への信仰から引き離し、その信仰の対象をアメリカ政府や左派が追求する『道徳的な善』へと置き換えようとしているのです」

つまり、米国民の信仰の対象を神ではなく、政府と世俗的価値観に変えることで、国民を政府に服従させようとしている、というのである。

保守派からは、ケネディさんを支援する声が上がっている。NFLレッドスキンズ(現コマンダーズ)時代に2度のスーパーボウル制覇を経験した元スター選手、ダレル・グリーン氏は、ワシントン・タイムズ紙への寄稿で、この裁判は「米国民にとってどの選挙やスーパーボウルよりも大切だ」と主張。学区の対応は「信仰と公的サービスは共存できないという過激で危険な考えを広めている」と厳しく非難した。

幸い、トランプ前政権時代に最高裁で保守派判事が増えたことで、ケネディさんが勝訴するとの見方が多い。だが、グラウンドでほんの15~30秒間黙って祈りを捧げるという行為が問題視され、解雇にまで至ったこと自体、建国の理念が失われつつある現状を改めて認識させられる。