米国の「中絶」論争の根 「殺人」と捉える反対派

参議院選挙が公示となり、物価高対策、安全保障を中心に各党が選挙戦を展開している。一方、米国では、同じ民主主義陣営にありながらも、日本ではまったく争点にならない人工妊娠中絶問題について秋の中間選挙を見据え、反対派と支持派が激論を繰り広げている。近年深まっていた分断がさらに深刻化することが避けられない情勢だ。

胎児の「命」か女性の「権利」か

米国の中絶論争の根底には「人の命はいつ始まるのか」という根源的な問い掛けがある。それが選挙の争点になる国と、まったくそうはならない国。この違いをもたらしている文化的・政治的な背景は何か。

このテーマを考える上で、参考になる論考が月刊「正論」7月号に載った。麗澤大学准教授のジェイソン・モーガン氏の「日本が無視できない米の妊娠中絶訴訟」だ。

米国では、かねてより「プロ・ライフ」(胎児の生命尊重派)と、「プロ・チョイス」(女性の中絶権支持派)の対立が国を二分し、大統領選挙の争点にもなってきた。例えば、直近の大統領選では、中絶反対派は「トランプ支持」、中絶権支持派は「バイデン支持」という構図だ。トランプ氏自身が宗教的信念から中絶に反対しているかどうかは別問題ではあるが。

モーガン氏の論考は、中絶を「女性の権利」と認めた最高裁「ロー対ウエード判決」(1973年)が、近く覆される可能性が高くなったことで、価値観の戦いつまり「文化戦」が激化する現状を軸に論を展開する。なぜ、最高裁判決が覆されそうだと判明したかと言えば、覆すことを記した多数派判事の意見書の下書きがニュースサイトにリーク(漏洩(ろうえい))されたからだ。

この漏洩自体にも中絶権支持派による政治的な意図があると考えられるが、それはさておき、大ざっぱに言えば、対立の根にあるのは「人の生命は受精とともに始まる」と捉える伝統的なキリスト教の価値観と、それに反発するリベラルで反宗教的な価値観だ。

モーガン氏の論考にも自身の宗教的信念が込められている。「私のような中絶反対派は長年、最高裁が勇気を出して胎児とその母親たちを守るよう祈ってきただけに、リークされた下書きで最高裁が『ロー対ウエード判決』の内容を徹底的に否定していることは期待以上だった」と、判決が覆ることに期待を込めながら中絶反対派であることを明言している。

論考では触れていないが、モーガン氏は伝統的なカトリック教徒だ。バイデン大統領は同じカトリックでもリベラル派。胎児の命を絶対視するとともに避妊に反対し、性道徳と伝統的な家族を大切にする伝統派からすれば、女性の権利としての中絶権や同性婚を認めるリベラル派は本当のカトリックではないということになる。

そして、胎児についての伝統的なカトリック教徒の考え方をよく表しているのがモーガン氏の次の言葉だ。

「私のような中絶反対派は自分たちのことを、無辜の胎児とその母親を守るために戦っていると認識している。胎児が殺されているのならば一刻も早く“大虐殺”を止めさせたい―。私だけでなく多くのアメリカ国民が同じような強い思いを持っている」