少子化対策 物足りない保守陣営、「朝日」論に押されている

家族のイメージ(Photo by Jessica Rockowitz on Unsplash)

今や「失われた30年」

6月初めに厚生労働省が発表した人口動態統計(2021年)が波紋を呼んでいる。出生数が戦後最少の81万人。出生率は6年連続の減少で過去4番目に低い1・30。人口を維持できる2・1にほど遠く、1年間に約62万人の人口減である。少子化に歯止めがかからないのだ。

政府は1994年の「エンゼルプラン」以来、数々の少子化対策を掲げてきたが、いずれも成果が出ていない。それで10年前には少子化対策の「失われた20年」と呼ばれたが、それが今や「失われた30年」なのだ。

少子化対策はどこで躓(つまず)いたのか。それは第2次ベビーブーム(団塊2世の結婚・出産)が終焉(しゅうえん)し、結婚数・出生数が急落した70年代後半ではなかったか。非行や自殺、いじめなど「荒れる子供」も社会問題化し、大平正芳首相(当時)は対応を迫られ、「家庭基盤の充実」を目指した。

それは家庭が経済や社会制度の不備を十分に吸収できる対応力を持つ必要があるとし、日本人の持つ自立自助の精神、相互扶助の仕組みなどを守りつつ、思いやりとゆとりのある家庭を実現しようというものだった。こうした家族支援策が講じられていれば、ここまで少子化に陥ることはなかったのではないかと思う。

だが、大平氏は道半ばで病魔に倒れ、その後、同構想は「私事の家庭に政府は介入するな」といった左翼メディアの批判にさらされ、それ以降、「家族支援」を言おうものなら「戦前の家父長制復活」「個人の尊厳否定」のレッテルを貼られ、出産を奨励すれば「産めよ殖やせよ」の軍国主義の汚名を着せられた。そうした批判に恐れをなし「エンゼルプラン」も働きたい女性を支援する労働政策の域を越えなかった。