ロシアによるウクライナ侵攻を歴史に焦点を当てて読み解いた2誌

ボランティアが提供してる食事に列を作り人たち=5月20日、ウクライナ、キーウ(UPI)

均衡が崩れ戦争勃発

短期間で決着がつくと思われたロシアのウクライナ侵攻。一時はウクライナの首都キーウまで迫ったロシア軍は現在、東部2州(ドネツク州とルガンスク州)の掌握に目的を変更した。それだけウクライナの善戦が目立つが、戦争は長期化の様相を呈している。大国ロシアに接するウクライナ。一方、海を挟んでいるとはいえ、軍事大国化する中国に対峙(たいじ)する台湾・日本。南・東シナ海の覇権をもくろむ中国と、ウクライナとその周辺国の支配を目指すロシア。その構図が極めて酷似しているだけに、日本にとっても今回のウクライナ戦争は人ごとではない。

今や両国が戦争に至った要因をさまざまな角度から分析することが求められているが、今回二つの経済誌が歴史に焦点を当てて読み解こうとしている。一つは週刊東洋経済(5月14日号)の「欧州動乱史」、そしてもう一つが週刊エコノミスト(5月3・10日合併号)の「ウクライナ戦争で知る 歴史 経済 文学」と題した特集だ。双方の特集もテーマの幅が広く、紙面が限られているが故に総花的であることは否めないが、ウクライナ・ロシアを含めて欧州が辿(たど)ってきた道のりを概略的に知るには良い教材と思われる。

とりわけ、東洋経済は近世以降の歴史にも焦点を当てながら欧州を支配した王家・王朝(ブルボン家、ハプスブルク家、ロマノフ家)の盛衰について言及する。

この論文を書いた関東学院大学の君塚直隆教授は、「一つの王朝が欧州全体を支配できなかったのは、『勢力均衡』のためだった」と前置きし、ロシアに関しては「エカチェリーナ2世の時代までロシアは大国の仲間入りを果たし、ナポレオン戦争の時には、英国と並ぶ世界でも最大級の「帝国」へ上り詰めていた。…しかし、ロシアのバルカン進出が一因となり、第一次世界大戦が勃発するとロシアはドイツの攻勢に押されてロマノフ王朝はロシア革命によって滅亡する」と説明。

さらにプーチン大統領が最も尊敬する人物を「ピョートル大帝」としていることに触れ、「大北方戦争の後、西欧諸国の団結の前にわが身を律した大帝の謙虚な姿勢を見習うべきだ」と諭す。まさにヨーロッパの歴史はバランス・オブ・パワーの上に成り立っていた。その均衡が崩れた時に戦争が起こっているというのである。

露と西欧の緩衝地帯

ところで、エコノミスト(同号)は、今回のロシアのウクライナ侵攻を「プーチンの論理」として元外務省欧亜局長の東郷和彦氏がプーチン大統領の思惑を分析する。「ロシアの立場からすればウクライナには絶対に守ってもらわなければならないことが二つあった。一つは、ウクライナがロシアと西欧の間の緩衝国家・中立国家として残ること。もう一つは、南東部ウクライナ内に住み民族的ロシアの権利と幸せを保障すること」と綴(つづ)る。

その上で「2月24日のウクライナ侵攻は東部2州の人民共和国住民とドンバス・ロシア人居住区の安全保障という二つの問題を一挙に解決する『唯一の道』と見えたのかもしれない」と説明。その上で東郷氏は、「欧州の中央に尊敬されるロシアとして回帰するというプーチンの目標は完全に失敗し、欧州の安全保障は完全に反ロシアで再構築されつつある」と断言する。

地政学的に言えば、ウクライナはユーラシア大陸の中で「ヨーロッパ半島」の付け根に当たっている。半島の付け根はよく緩衝地帯を構築するといわれているが、ウクライナはまさにその歴史をたどっていった。

宗教的精神的側面も

特にドニエプル川を挟んで西部はカトリック文化圏の影響を受け、東部は正教文化圏との親和的なつながりを構築してきた。そうした宗教的精神的な側面をも内在している点も見逃せないが、何よりも軍事力を行使して他国の領土を事実上奪い取るという今回のロシアの暴挙は決して許されることではない。

(湯朝 肇)