龍山移転の歴史的意味

青瓦台(PhotoAC)

“ソウル大改造計画”始動へ

韓国大統領執務室の龍山(ヨンサン)移転は画期的なことだ。例えて言えば、日本の首相官邸が在日米軍司令部のある横田基地の返還を受けて、そこに移ったようなものである。しかも、龍山という地は「元(モンゴル)まで入れて数えれば600年間、外国勢力が軍を置いていた」土地だ。これを韓国民が取り戻し、国政の中心とする象徴的意味は日本から見る以上に大きい。

龍山はソウル市の中心、南山の南、漢江の北に位置する。旧王宮・景福宮から崇礼門(南大門)を通って南に下れば、広大な土地が広がり、在韓米軍が司令部を置いていた。

龍山移転というと尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が選挙公約に掲げ、就任と同時に実行した政策のように見えるが、実は保守と左派を問わず歴代政権が在韓米軍基地返還交渉の影で大統領府の移転構想が現れては消えてきた。

月刊朝鮮(5月号)は「盧武鉉(ノムヒョン)政府も『青瓦台の龍山移転』を検討?」の記事を載せた。これまで盧武鉉氏が「龍山移転を口にした」という報道がなかっただけに、注目を集めている。これを同誌に語ったのは「有力政界要人A氏」で、「盧武鉉政府と文在寅(ムンジェイン)政府で要職を歴任した人物」だという。「そのような彼が『ない事実』を作り出す可能性は極めて希薄」だとして、同誌は歴代政府の「龍山移転」を追っている。

まず大統領府を移そうという主張は金泳三(キムヨンサム)大統領から試みられている。だが行き先は龍山でなく「光化門政府ソウル庁舎」。その後、金大中(キムデジュン)、李明博(イミョンバク)、文在寅歴代大統領も執務室の移転を口にしたが龍山ではなかった。そしていずれも費用などの面から実現しなかった。盧武鉉政府内部で大統領府龍山移転は検討されたものの、課題が多く頓挫したというのが真相のようだ。

しかし、米軍の地方移転に伴い、龍山に平和公園の類いを造り、市民に開放するという構想は歴代政府によって検討されてきたようで、尹新大統領の執務室移転で壮大な“ソウル改造計画”が動きだしそうである。

30年前に龍山を文化芸術の総合団地にするという構想が練られたことを同誌は別の記事で紹介している。構想をまとめたのは盧泰愚政府の文化部(省)で、そのマスタープランを描いたのが建築家・金洹氏(キムハン)だ。同誌は金氏にインタビューしている。

構想は壮大なもので、青瓦台の北に座す仁王山、北岳山から連なって光化門広場を通り、そして龍山“公園”に至る「ニューヨークのセントラルパークに匹敵する市内の緑地公園」を造るというものだった。

尹大統領によって実現した大統領府移転がこれらの構想を具体化させていくだろうか。韓国民の関心は高い。

(岩崎 哲)