家業から「100年企業」に向けて―

イカリホールディングス取締役ファウンダー 黒澤 眞次氏に聞く

「報恩感謝」の精神で社会貢献

くろさわ・まさつぐ 1940年、中国黒竜江省生まれ。1959年、イカリ消毒株式会社創業に参画。百貨店の大火災事故の経験から、知恵・技術の向上と絶対の安全を心に誓い、「危険物取扱主任者」をはじめとする国家・民間資格82種を取得。2019年創業60周年を機に「イカリ謝恩育英財団」を設立、21年12月、公益化認定され、理事長に就任。今年4月からイカリホールディングス取締役ファウンダー。

ビル火災で学びの大切さ知る 桜植樹で「美しい街づくり」

東京都渋谷区に「イカリ消毒」という会社がある。家業として始めたネズミ駆除・消毒屋は増収増益を続け、今や従業員1500人、国内100カ所、海外2カ所にネットワークを持つ大会社だ。成功の秘密を知りたくて、兄弟と共に防疫・防除を手掛ける保健衛生業界のトップ企業に育てた黒澤眞次さんを訪ねた。(聞き手=森田清策)

――「イカリ消毒」は今年、創業63年ですね。創業の経緯は。

満州鉄道の関連企業で働いていた父・啓次郎は、敗戦で満州から引き揚げて来てから、千葉港で「錨屋旅館」を営みました。港近くですから、外国船の船乗りが主なお客さまでした。

ある時、船員たちが「船の中はとても暑く、ネズミやゴキブリが多くて眠れない」とこぼしているのを耳にし、環境事業に取り組むことを決意したのです。それ以前に、満州から引き揚げ、引揚港に指定された山口県仙崎港に着いた時、頭からDDTを浴びた経験から「これからの日本では消毒の需要が高まる」と予感、環境事業の志を抱くようになっていました。

1959年、現在のイカリ消毒の前身「錨消毒株式会社」を創業。当時の仕事は、外国航路の防疫・消毒。中心はネズミ捕りで、創業の精神は「ネズミが一匹でもいたら、お代は要りません」。

――創業から間もなく存続の崖っぷちに立たされたそうですね。

一つは父の急逝です。出勤途中、交通事故に巻き込まれ、その後遺症で帰らぬ人になりました。兄が22歳、私は20歳、弟16歳。まだネズミ捕り・消毒屋としてしか見てもらえない時代、自分が一生を託すに足る仕事なのか、大変迷いました。

そんな時、都心の一流ホテルのネズミ駆除を、車に2、3週間寝泊まりしながらやり遂げた後、ホテルの総務部長が私たちの手を握りしめながら、感謝してくださいました。

それで、自分たちの仕事が人の役に立つ立派な仕事だと実感。3兄弟で父の遺訓「兄弟斉心土変金」、つまり「兄弟が仲良く力を合わせ一生懸命努力すれば、必ず土も金に生まれ変わる」の教えを守り、「イカリ丸」を継ぐ決意を固めました。

――ビルの大火災事故はそれから間もなくのことですね。

私は1963年、8月22日という日を決して忘れません。父の一年の喪が明けぬうちに、消毒作業を請け負っていた池袋のS百貨店で、昼休みにアルバイトの一人が付けたタバコの火が引火性殺虫剤に燃え移り、死者7人、重軽症者130人を出す「戦後最大のデパート火災」を起こしてしまったのです。

不注意からの大惨事です。「もうダメだ。死んで償うしかない」と思い、百貨店オーナーのT氏にお詫びに行きました。ところが、こうべを垂れる私たちに、T氏は思いも寄らない励ましの言葉を掛けて下さったのです。

「君たちはまだ若い。これから絶対に事故を起こさない会社にしてください」と。涙が溢れました。兄が23歳、私が21歳の時でした。T氏に救われた感謝と報恩、学びの大切さに気づき、本業と社会貢献の両立を目指すことにしたのです。

火災は無知から起きた事故でした。この教訓から、安全に対する知識向上などのため、社員には資格取得を積極的に勧め、その実践で「資格・専門家集団」に成長。お客さまから「あの会社、みんな資格を持っているからいい仕事をしてくれるじゃないか」と、いい評判を頂くことができるようになりました。

お客さまのナマの声と、さまざまな資格を持つ社員が、それぞれの立場で研究開発を行う中で、新しい商品がどんどん生まれるようになり、申請を含め知的財産権600件を持つ会社に発展しました。

――ファミリー企業として、創業の理念はどのように守っていますか。

父の遺訓「兄弟斉心土変金」をファミリービジネスの原点として、開発、マネジメント、営業を、兄弟3人がそれぞれ分担してやってきました。世代交代した現在は、「従兄弟斉心土変金」という言葉に代えて伝えています。

また「ネズミ一匹でもいたらお金は要りません」の創業精神は「意に添わない時は、お代は戴きません」と現代の言葉にして継承しています。T氏から頂いた「絶対に事故を起こさない会社に」は、今も社員に周知徹底しています。従業員1500人のうち300人を開発・技術・検査に投入しているのも、安全を中心に考えているからです。

社員は、会社にとって最大・最高の経営資源ですし、社員家族の協力がなければ会社の成長・発展・存続は望めません。そこで、社員の幸せを実現するため、「経営の三大使命」として①会社の永続性確立②社員の幸せ③足腰の強い盤石な体制――を合い言葉に、その達成を目指しています。

――社会貢献にも力を入れていますね。

「美しい街づくり、それが私たちの願いです。」を企業理念に定め、桜の苗木を各市町村に寄贈させていただいています。日本を象徴する桜の花は、環境汚染の地では咲きませんから、公害のバロメーターです。

2019年、創業60周年を迎えたのを機に「イカリ謝恩育英財団」を設立し、昨年12月には公益化認定されました。「技術の経営」による環境文化と、報恩感謝の「心の経営」による徳育文化の創造は、イカリの企業文化の二本柱です。

――過去2年間、世界はコロナ禍にありました。

コロナ禍前の18年11月に感染症、特に微生物対策の専門部門を法人化し、「イカリステリファーム」を設立していたので、ここを中心に業務処理に当たることができました。不足していたアルコールのお客さまへの手配、社員へのマスク手配、それにカラオケや選挙カーのマイク消毒スプレーなど、事前にウイルス対策ができていました。

――今年4月、「取締役ファウンダー」に就任されましたね。その役割は。

大事故を起こしたことから、「誠実な社風」を根っことして会社を経営してきました。その語り部として、イカリの歴史を伝えることがファウンダーとしての仕事。さらに、「相談役」としての役目ですね。これまでの63年の体験談を話していこうと思っています。

それから、グループの社会的価値を高めるために、公益財団や桜植樹運動などに力を投入していく決意でいます。

――人を育てる上で心掛けていることは。

「報恩感謝」の一語に尽きます。この精神でご縁を大切にする方向性の伝承を心掛け、それを「100年企業」を目指す土台にしています。それから率先垂範ですね。資格を取ることも、私が模範を示し82種取りました。

うちの会社が創業100年を迎えた時、社員の子供さんが「イカリに入りたい」と思ってもらえる会社になっていれば、伝承できたのかな、と思います。


【メモ】JR新宿駅南口すぐ側にある本社で、黒澤さんがまず語ったのは59年前の百貨店の大火災事故。講演に招かれても事故のことは必ず話すという。今もあの失敗に向き合い続け、その「語り部」であることを自らの使命と自覚していることが伝わってきた。忙しい中で、取得した資格82種は早起き・早朝勉強の成果。だから、今でも朝3時半に目が覚めるという。この人徳があればこそ、イカリ消毒は発展したのだと納得させられた。