熱気球で天空を遊ぶ―

元日本気球連盟事務局長 今村 佐紀夫氏に聞く

平和でないと飛べない 地域おこしや人材交流も活発

いまむら・さきお 1951年、東京生まれ。小平市在住。75年の日本気球連盟発足当時から2003年まで事務局長。元理事。飛行エリアの開発や各種制度の確立など熱気球の普及に貢献したことで03年に国際航空連盟(FAI)賞のポール・ティサンディエ賞を受賞。また旧運輸省航空局の監修の下に「スカイレジャージャパン(全国の航空レジャー発展啓蒙の基礎団体)」の発足とアドバイザリーを務めた。現在は指導教官・機体安全審査員を兼ね飛行。この日は奥さんと飛んだ。三男の辰之助(しんのすけ)さんも熱気球のパイロット資格を持つ。

係留飛行で数万人乗せる

早朝6時、全国から集まったカラフルな熱気球22機が次々と空に飛び立ち視界から遠ざかっていく。5月の連休、秋田県横手市の西部、平鹿町(ひらかまち)の浅舞(あさまい)公民館蛭野(ひるの)分館広場で3年ぶりとなる「秋田スカイフェスタ」が開かれ、終了した。記者も帰ろうとしたら、赤い熱気球が近くの田んぼに着地した。距離は300メートルほど。駆け付けて話を聞くと、東京から軽自動車に熱気球の装備一式を積み約20年にわたりこのフェスタに参加している熱気球の草分け的存在、今村佐紀夫さん夫婦だった。機体の回収作業をする今村さんにインタビューした。(聞き手・伊藤志郎)

――南方向に飛んだ気球が下がったり上がったりを繰り返しているので、故障かな? と思ったら、今村さんの気球だったんですね。

熱気球は舵(かじ)があるわけじゃないから風任せだけど、高度によって吹く風が違う。なるべく会場から離れないように、風の向きを読んで、上がったり下がったりを繰り返していた。

――風の向きや流れが見えるわけですか?

 長い間、熱気球を扱っているので、風が読めます。

――魅力は何ですか?

約50年間飛んでいる。身体の一部、生活の一部です。人間が初めて空を飛んだのが熱気球です。煙が上に昇っていくのを見て、1783年にフランスのモンゴルフィエ兄弟が人類史上初めて熱気球で有人飛行を成功させた。気球は、熱か水素(ヘリウム)ガスかのどちらかで膨らませるが、仕組みは今も変わっていない。海峡の上を飛んだり大陸横断をしたり、スポーツにもなっている。ビジネスや戦争に使われた歴史もあるが、平和な時代でないと気球は飛べない。平和のシンボルです。

――始めたきっかけは?

大学を受験しようとしたら、学生運動真っ盛り。大学に入っても勉強できないので社会人になった。たまたまアドバルーンのアルバイトをして、そこから熱気球へのめり込んだ。空に丸い物が浮き上がっている。いさかいがない。とても人間にとって大事なことじゃないかと思ったのです。

自由な行動と考え方を認める、ということ。権利と主張を認め合うということです。でも、相手に危害は加えない。ここでは田植え前の田んぼに着地するわけですが、田の畝(うね)は壊さないように着地点を選びます。迷惑はかけない。ロシアがウクライナを攻めていますが、なぜ争う必要があるのか?

熱気球で空を飛ぶと、地上のみんなが優しく手を振ってくれます。横手の子供はめんこい。

日本では最初、熱気球が知られていなかった。まず場所探しです。建設省と何度も交渉しました。滑走路が必要だとか言われて。熱気球はどこからでも飛び立てるんですが……。まず群馬県の渡良瀬(わたらせ)遊水地から飛び始めました。あそこは国有地ですが、平らで広く人家がないので気球を飛ばすには最適です。

――熱気球の大会を開く会場が今では全国に20カ所ほどあると聞きました。

九州の佐賀では1989年にアジアで初めての世界選手権が開かれました。今ではじいちゃん、ばあちゃんも歓迎してくれますが、そうなるまで10年かかりました。地元の人たちが八女茶を沸かして、外国の人に「飲んでけれ」と振る舞う。佐賀の人と結婚して移住した外国人もいます。新型コロナの前だったら、大会前日には地元の料理を一緒に食べ交流会が開かれますから、全国、全世界の人と交流する場であり、地域おこしにもつながる。

――どれくらい飛んでいるのですか?

日本全国はもとより、アメリカやヨーロッパなど世界中で飛びました。

熱気球には、「自由飛行」(フリーフライト)―今回のように地上から離陸し風に任せて移動する飛行方式と、「係留飛行」―地上の車などのアンカー錘(おもり)にロープでつなぎ、一定高度まで浮上を繰り返す浮揚体験目的のデモ飛行の2種類があります。欧米は自由飛行が中心ですが、日本では認知普及啓蒙のため係留が多い。

日本で私は、約1千時間以上の自由飛行をしていますが、それより遥かに多く係留飛行で飛びました。数万人は乗せたと思います。飛行だけの操縦士は多いですが、普及啓蒙活動を続けた人は少ないです。

――今回は学生チームもいました。

熱気球の数はアメリカが一番多いが、日本は世界で5番目の熱気球保有国です。国内の学生と社会人チームは大小合わせて約150で、長野、岩手、佐賀、三重、栃木、北海道など各地で開かれる大会にも参加します。私は毎週、利根川の河川敷で飛ぶのが楽みです。

真剣に遊ぶ趣味、スポーツでもあります。また天気予報、天候全般の知識が必要です。

【メモ】このフェスタは町おこしの一環として、平鹿町と大雄村が各1機の熱気球を購入し1991年から始めた。平鹿町熱気球クラブと大雄バルーンクラブ等の実行委員会が主催する。

 熱気球は家族や仲間と楽しめる。もちろんパイロットのライセンスが義務付けられ、飛行には国土交通大臣の許可または通報が必要だ。新規に始めるなら気球や人が載るゴンドラ(バスケット)など機材一式が約500万円。だが空に飛び立つと、地上からは時折ガスバーナーを燃焼させるボーッという音しか聞こえない、静かでエコなスポーツだ。競技大会も開かれる。ロシアがウクライナを侵略している今日、「熱気球は平和でないと飛ばせない」との言葉が胸に響く。