ワクチン供与と日台文化交流

立役者の一人、音楽プロデューサー 三船 文彰氏に聞く
日本政府は昨年、新型コロナワクチンを調達できずに、窮地に陥っていた台湾に、6回で合計420万回分のワクチンを供与した。台湾を救ったとまで言われる、このワクチン供与の立役者の一人が民間人だったことはほとんど知られていない。
岡山市で歯科医の傍ら、チェロ奏者・音楽プロデューサーとして活躍する、台湾出身の三船文彰さん(67)。今年は新たに日台の文化交流プロジェクトを仕掛け、それが実現に向かって動いている。三船さんに、台湾へのワクチン供与の裏舞台と日台文化交流の意義などについて聞いた。
(聞き手=森田清策)

音楽プロデューサー 三船文彰氏
みふね・ぶんしょう 1954年、台湾で生まれ、14歳で来日した。岡山市内で歯科医を開業しながら、ピアノの巨匠ルース・スレンチェンスカさんのCD制作に携わるほか、東日本大震災に際して、台湾から多くの義援金が寄せられたことに感謝する「ありがとう!! 台湾」コンサートを企画するなど、音楽活動に情熱を注ぐ。

「文化・芸術の力」で戦争防ぐ
新しい「台湾精神」研究を
中国から「自由」守る蔡政権

日本からのワクチン供与を思い付いた経緯は。

私は台湾で生まれ、14歳まで台湾にお世話になった。その後は、日本から台湾を見続けてきた。

昨年4月ごろまで、台湾は新型コロナ感染者を抑え込んで、コロナ対策では世界の“優等生”だった。しかし、たった一人の飛行機パイロットから、ウイルスが持ち込まれ、街に拡散した。感染を抑え込んでいたことで、台湾人に慢心があった反動で、国民はパニック状態に陥った。

だが、中国による妨害もあって、ワクチン調達が進まず、蔡政権は支持率が急落、窮地に立たされてしまった。蔡政権が倒れたら、台湾は中国に取られる。その次は日本…と危機感を抱いた。

台湾関連のニュースをネットで見ていたら、台湾はアストラゼネカ社のワクチンを認可していることが分かった。日本では、同社のワクチンは使用されずに保管されている。そのことが頭に浮かび、5月下旬、親交のあった元法務大臣の山下貴司衆議院議員に電話した。

東日本大震災の時、台湾からいち早く義援金が寄せられたので、その恩返しになるとも考えた。

その後の展開が速かった。

山下議員は「調べてみます」ということだったが、ほどなく電話がきて、「確かに、台湾はアストラゼネカを認可している。これはやりますわ」となり、山下議員をはじめ親台湾派の国会議員たちが迅速に動くとともに、菅義偉総理(当時)の英断で、台湾へのワクチン供与が決まり、世界で最初に日本からのワクチンが6月4日、台湾に到着した。これまでの日本政府の動きからは考えられない驚くべき速さだ。

ワクチンを積んだ日航機(JAL)が台湾に到着した「6月4日」は、くしくも中国で天安門事件(1989年)があった日だ。

台湾の桃園国際空港に到着したLAL機の翼には「809」と書いていた。天安門事件が起きたのは「89」年だった。しかも、同機が空港に着陸したのは午後2時40分。一方、天安門事件が始まったのは未明の2時40分。台湾の記者が奇遇を発見した。

日台交流音楽会を思い立ったのは。

日本から無償供与されたワクチンが届いて以降、台湾では日本への感謝の声が日増しに大きくなった。ワクチン供与がなかったら、蔡政権が倒れる可能性すらあったのだから。

だから、日本の新聞に、台湾企業130社による全面広告「ありがとう! 日本!」も掲載された。日本にマスクを贈呈する企業もあったが、日本ではマスクは余っている。それよりも、感謝の思いを日本に伝えるなら後に残るものがいいのではないか。

そのことを、私の故郷・新営で、私と同じように音楽活動をやっている医師の友人に話したら、話がトントン拍子に進んだ。「『日本、ありがとう!』台日文化交流」と銘打って、私の息子が所属する日本のNBAバレエ団が4月末に訪台、TASO台湾芸術家交響楽団が7月末に訪日する予定だ。

プロジェクトの特徴は。

NBAバレエ団が台北市や高雄市で公演するほか、台湾の若者との交流も予定している。TASO台湾芸術家交響楽団が東京オペラシティとサントリーホール、そして仙台で公演。ソリストは、仙台国際音楽コンクール・バイオリン部門1位の林品任さん、同ピアノ部門2位の盧易之さん。仙台を選んだのは「3・11」の被災地だったから。

特に、見逃せないのは、8月1日に予定されているサントリーホールでの公演。台湾から私の友人が所有する2000年記念バージョンの赤いピアノ「ファツィオリ」を運び、盧易之さんがラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を演奏。また、奇美博物館(台南市)所蔵ストラディバリウスのバイオリンの超名器「ヨアヒム=エルマン」で、日本の巨匠久保陽子先生がブラームスのバイオリン協奏曲を演奏する。

サントリーホールにはスタインウェイは何台もあるが、わざわざ台湾からイタリアのハンドメイド・ファツィオリを運ぶのは、「あの赤いピアノ、あれは何だ!」と日本人を驚かせたいし、台湾にもストラディバリウスの超名器があるのを知ってほしい。

日本と台湾の文化交流の意義は。

私は常々、天災はどうにもならないが、戦災は防がなければならないと考えている。「文化の力」「芸術の力」で何ができるかと問われても、答えに詰まるが、ただ真心のこもった芸術活動の最終の目的は、人間同士に良きご縁をもたらすものでなくてはいけないと私は思っている。政治、社会を動かすキーパーソンたちにその力が及ぶことを期待する。蔡総統は2016年の総統選挙で、私が最も感動した政治家だった。公約の一つに「文化立国」を掲げたから。

この文化交流プロジェクトがコロナ禍でたとえ延期になったとしても、台湾の人々が日本に感謝し、両国の文化交流が進んでいることを世界に知らせることが大事だ。

日本にとって、台湾はなぜ重要か。

台湾では、新しい「台湾精神」が育っている。幸いなことに、「惻隠(そくいん)の心」など、台湾人は日本精神を知っている。50年間の日本統治時代、その精神を持った日本人から学んだ。今の90歳以上の台湾人から、私と同世代もそれを学んだ。

台湾では、その日本精神をベースに世界に目を向けて、中国の脅威と直接対峙(たいじ)する中で柔軟にものを考える精神が育った。だから、他人が困っているときは助け、助けられたら恩返しする。今、まさに新しい台湾精神が発揮されているから、日本や他の国から支持されている。

一方、日本では、経済的な利益ばかりに目が奪われ、中国の脅威がぼかされている。これが一番問題。“ぬるま湯”に漬かっている間に、精神的に台湾に追い抜かれてしまっている。中国と対峙する台湾が自由と民主主義をどのように守ろうとしているのか。日本は台湾をもっと研究すべきだ。

文化交流すれば、台湾の文化レベルは高いことを知るだろう。「日本は音楽でも追い抜かれているかもしれないぞ」という驚きがあれば、日本にも良い影響を与えることができる。そうやって、文化で競い合っていくことが望ましい。

ミサイルだけでは国は守れない。それぞれの国の人間力が問われる。


【メモ】 実家の劉家は、台南(台湾)の大地主だった。抽象画家で、音楽をこよなく愛した父・劉生容氏より、3歳からバイオリンの手ほどきを受け、14歳でチェロに転向。齊藤秀雄氏に師事した。岡山に暮らすようになって、純粋な情熱を持った日本人、そして自然・文化から多くの恩恵を受けた実感があり、自身の音楽活動はその恩返しの意味もあるという。