【社説】原発避難者訴訟 事故再発防止の誓いを新たに

2011年3月の東京電力福島第1原発事故で避難した住民らが国に損害賠償を求めた集団訴訟の上告審判決で、最高裁は「東電に安全対策を命じても原発事故は防げなかった可能性が高い」として国の責任を認めない判断を示した。

ただ、原子力政策は「国策」として推進されてきた。国は今回の判決とは別に事故に対する責任を自覚し、原発の効率的な運用と共に安全確保の徹底を図る必要がある。

最高裁が国の責任否定

判決は、政府機関が02年7月に巨大津波を伴う地震を予測した「長期評価」では、地震の規模が津波の高さから推定した津波マグニチュード(Mt)8・2前後だったが、東日本大震災はMt9・1で、はるかに大きかったと指摘。津波による主要建屋の浸水の深さが、試算では最大約2・6㍍とされたのに、実際は最大5・5㍍だったことにも言及した。

その上で、国が長期評価に基づいて東電に対策を命じたとしても「同様の事故が発生していた可能性が相当にあると言わざるを得ない」と指摘。「規制権限の不行使を理由に、国が賠償責任を負うとは言えない」と結論付けた。

福島、群馬、千葉、愛媛各県で住民計3663人が起こした4訴訟をめぐって初の統一判断が示され、原告らの国に対する敗訴が確定した。4訴訟では総額約14億円の賠償が確定しているが、東電のみが負担することになる。全国約30件の同種訴訟では国の責任を認めるか否かで判断が分かれており、今回の最高裁判決が影響を与えるものとみられる。

1961年成立の原子力損害賠償法は、事故が起きた場合、過失の有無にかかわらず民間事業者が賠償責任を負うとの「無過失責任」を規定。一方、国の措置は「損害を賠償するために必要な援助を行う」とするにとどまる。ただ、国は原発が安全だとして稼働を進めてきた。福島の事故では、現在でも3万人以上が避難生活を余儀なくされている。法的責任はないとしても道義的責任は免れない。

今回の判決で、結論に賛成の立場で捕捉する意見を述べた菅野博之裁判長は「電力会社以上に国が事故の結果を引き受け、最大の責任を担うべきだ」と指摘。国が被災者に補償しなければならないと提言した。国は責任を自覚し、再発防止の誓いを新たにする必要がある。

活用と安全向上の両立を

一方、ロシアによるウクライナ侵略などの影響で資源価格が高騰する中、燃料費の割合が相対的に低い原発の一層の活用を求める声が上がっている。原子力規制委員会の安全審査のための標準処理期間は2年と定められているが、厳格な新規制基準の下で大幅な超過が相次ぎ、福島の事故後に再稼働した原発は10基にとどまる。

事故の反省を踏まえれば、厳しい審査が求められるのは分かる。だが、電力不足で夏や冬に大規模停電が生じれば国民の生命や健康に関わる事態となる。安全性の高い次世代原子炉「小型モジュール炉(SMR)」の開発も含め、原発の活用と安全を両立させるべきだ。