
厳しさを増す国際情勢やトランプ政権の対日防衛費増額要求などを受け、安保3文書の再改定は不可避の情勢だ。高市早苗新首相も3文書を前倒し改定する考えを示している。
安保3文書は、2013年に安倍政権が策定した日本初の「国家安全保障戦略」に遡(さかのぼ)る。2年前に岸田政権は同戦略を改定するとともに、新たに「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」を定め安保3文書となったものである。
基本は積極的平和主義
「国家安全保障戦略」は「我が国がとるべき外交政策及び防衛政策を中心とした国家安全保障上の戦略的アプローチを示す」ものと定めており、「防衛戦略」だけでなく日本の「外交戦略」についても明記されねばならない。
安倍政権が策定した「国家安全保障戦略」は「積極的平和主義」の概念を打ち出した。これは防衛・外交の双方を規定する原則、ドクトリンであり、戦後初めて外交・安保を統(す)べる基本方針を示したものと言える。
一方、岸田政権の3文書は、反撃能力の保持など防衛政策は詳述しているが、安倍政権の「積極的平和主義」は「維持」するにとどまった。「自由で開かれたインド太平洋」も、安倍政権以後の国際情勢の変化を踏まえての新たな方向性や深化は読みとれない。分量は長大化したが役人が書いた文書の寄せ集めのようで、あらゆる項目に触れているが外交戦略の肝は抜け落ちているように感じる。当時の岸田文雄首相に外交の哲学やコンセプトは無かったのだろうか?
そもそも防衛については、憲法9条と自衛隊の整合性が問題視されてきた経緯や文民統制の重要性などから、早い時期から明確な基本方針が示されている。1957年に策定された「国防の基本方針」は300文字にも満たないが、国力国情に応じた防衛力整備や民生の安定、愛国心の高揚など重要な項目を取り込んだ秀逸な防衛戦略だった。その後、防衛政策の基本方針は「防衛計画の大綱」そして現在の安保3文書へと引き継がれた。
それに比して、日本外交の基本戦略を纏(まと)めた単一の文書は見いだし難い。かつて岸内閣は「日本外交の3原則」を打ち出し、①国連中心主義②自由主義諸国との協調と並び③アジアの一員としての立場―を強調した(57年版「外交青書」)。
だが当時策定に携わった高官の証言では、当初①②の2原則だったが、それではバランスが悪いので急遽(きゅうきょ)③を付け加え「座りの良い3原則にした」と述懐している。外交戦略といえどもその程度の代物で、いつしかこの3原則は立ち消えとなった。その後、福田ドクトリンや日中基本文書など地域ごとの方針はあるが、日本外交全体を掌(つかさど)った戦略文書は見いだし難い。
いま日本外交はかつてない程の厳しい状況に直面している。日米同盟の重要性に変わりはないが、トランプ政権が掲げる米一国主義や高関税政策が米国と同盟国の関係をぎくしゃくさせ、日米関係も例外ではない。
米国の対外政策が変質するなか、新たな日米関係を如何(いか)に築き上げていくのか。また欧州諸国や豪印、東南アジア諸国連合(ASEAN)など自由と民主主義を共有する国々との関係強化が急がれるが、日米同盟を補う多角的な同盟関係構築にあたっての日本の基本方針は何であるのか。
さらに海を介してはいるが、日本は中露朝の権威主義枢軸と隣接する唯一の民主国家だ。増大するこうした周辺脅威とどのように接するのか等、今後の日本外交の在り方について、基本的な考えを明確化させる必要に迫られている。
日本独自の理念簡潔に
ちなみに政府の外交文書や各国との共同声明では「自由で開かれた国際秩序」や「法の支配」「人権・民主主義など普遍的価値の共有」といった文言が毎回のように登場する。しかし、グローバルサウスは、こうしたいわば米国由来の国際秩序感には関心が薄く、反発さえ示している。グローバルサウス外交の重要性が高まるなか、お決まりのキャッチコピーや綺麗(きれい)ごとの“お経”の羅列だけでは説得力に欠けよう。
米国の受け売りでない、日本らしい、また日本独自の外交の理念や戦略を明定化すべき時期に来ているように思える。3文書改定作業では、高市新首相の戦略哲学を礎に、防衛費増額問題だけでなく、積極的平和主義に基づき簡潔かつ要を得た外交戦略も示してもらいたい。
(にしかわ・よしみつ)





