
トランプ米大統領は、アラスカ州にある「デナリ山」の名称を、第25代大統領ウィリアム・マッキンリーに因(ちな)んで付けられたかつての「マッキンリー山」に戻した。マッキンリーは産業育成と労働者保護を目的に米国史上最高率のディングリー関税法を成立させた。またフィリピンやグアムを獲得、さらにハワイも併合した。
就任演説でトランプ氏は、「マッキンリー元大統領は、生まれながらのビジネスマンで、関税と才能を通じて米国を非常に豊かにした」と述べたが、関税重視と海外領土獲得で名を遺(のこ)したマッキンリー氏を自らの先達と考えているのだろう。
特権階級の既得権打破
もう一人、トランプ氏との類似が指摘できる大統領がいる。第7代大統領アンドリュー・ジャクソンだ。第1期政権発足の際、トランプ氏はホワイトハウスの執務室にジャクソンの肖像画を掲げた。大統領就任直後の2017年3月にはテネシー州ナッシュビルにある、いまは歴史博物館になった彼の旧宅を訪れるなどジャクソンを意識していることは間違いない。
トランプ氏とマッキンリーの近似が主に外交面だとすれば、ジャクソンは内政だ。アンドリュー・ジャクソンは英米戦争に従軍、ニューオーリンズの戦いで英軍を破り国民的英雄となった。のち政界に転じ、1828年の大統領選に勝利する。

だが、それまで歴代の大統領は全て東部や南部の農園主を中心とする名望家層で独占されていた。西部出身のジャクソンは庶民に慕われたが、ワシントン政界のアウトサイダー。名家出身でハーバード大卒の現職大統領アダムズの陣営からはこばかにされた。
それゆえ彼は、財産や学歴、家柄に拘(こだわ)る中央の特権階級を憎み、エリートを嫌う庶民の支持を力に当選を果たした。米国を支配する勢力をディープステートと敵視し、高学歴金満家の政党となった民主党を憎む中西部の白人労働者を味方につけて大統領になったトランプ氏と似た面がある。
ジャクソンは特権階級の既得権を打破する政策を断行する。政府職員を大幅に削減し、自らの党派で公職を独占する猟官制度を導入したほか、選挙で貢献した人物で側近を固めた。こうした人材起用のスタイルもトランプ氏を思い起こさせる。猟官制度は公私混同と同一視され日本では評判が悪いが、ジャクソンの政策で公務員の腐敗や特権階級化が防がれた。
トランプ氏は政府効率化省を立ち上げ連邦政府の歳出見直しを進めるが、ジャクソンも放漫財政を改め財政均衡を維持した。さらに庶民派とされながら政敵に“アンドルー王1世”と揶揄(やゆ)されたジャクソンだが、それも国王然と振る舞うトランプ氏の姿と重なり合う。
台頭する白人の開拓農民や労働者階級の支持を得てジャクソンがホワイトハウスに乗り込むことで、政治の間口はエリートからコモンマン(庶民)へと開かれた(ジャクソニアンデモクラシー)。また彼は後の民主党を誕生させた。これに対抗して反ジャクソン派は共和党へと繋(つな)がるホイッグ党を結成するなど米政界の再編も引き起こした。
米国政治の一大転機に
トランプ氏もジャクソンのように、米国政治に新たな時代を開いた指導者として名を遺すだろうか。支持者をトランプ氏に奪われ党勢を後退させた民主党が、トランプ現象を契機に党の再生を成し遂げる、あるいは共和党主流派が確執あるトランプ派と融和し党の一体化に成功する等々トランプ氏本人が意識するか否かにかかわらず、彼の登場が“歴史の力”で米国政治の流れを変える一大転機となる、そのような可能性も否定できないのではないか。
さらに言えば悪評の高関税政策さえも、中国が悪用し歪(ゆが)めた自由貿易ルールの是正に繋がれば彼の評価は大いに変わるだろう。今後のトランプ氏の動向を注視したい。
ジャクソンは妻の名誉を守るため、2度も決闘に臨み重傷を負うが、撃たれた弾丸が心臓の近くで止まるなど奇跡的に一命を取り留めた。トランプ氏も2度の暗殺未遂を乗り越えている。ジャクソンの強運を享受できればよいが、身辺警護には十二分の注意が必要だ。(にしかわ・よしみつ)





